『理念と経営』WEB記事

「何もない」を創意工夫で武器に

蒲郡市竹島水族館 館長 小林龍二 氏

施設は古く、水槽を見て回るだけなら10分もかからない。来館者数は12万人まで落ち込み廃館寸前だった水族館が、わずか8年で43万人にも上るV字回復を遂げた。復活の源泉となったのは、「何もない」という弱点を逆手に取った若手館長たちの創意工夫だった――。

古い、狭い、ショボい……廃館危機から改革を目指す

愛知県蒲郡市にある竹島水族館は1956(昭和31)年に開館。日本でも歴史ある水族館だ。しかし、建物の老朽化や規模の小ささなどのマイナス要素が多く、最先端の大規模水族館が各地に増えるにつれ、人気を失っていった。

来館者数も年々減少し、2010(平成22)年にはついに過去最低の12万5000人に落ち込んだ。市立水族館であるため、市議会でも「税金の無駄遣いだ」と問題化し、市も廃館の検討に入っていた。

小林龍二・現館長は当時一飼育員だったが、見切りをつけた先輩たちが次々と退職していったため、主任に昇進し、現場を仕切る立場になった。折しもそのころ、市が水族館の運営を民間委託する「指定管理者制度」の採用を決定。「民間の有力企業が参入してきたら、自分たちはクビになるかも」と危機感を覚えた小林さんたちは、会社を設立して指定管理者に名乗りを上げた。幸か不幸か、老朽化した小さな水族館を経営しようという企業は、他になかった。

「僕もそうですが、水族館の飼育員になる人は、『魚の世話さえしていれば幸せだ』というマニア・タイプが多いものです。経営者的な目線が乏しいのはもちろん、接客業だという意識すらない人が少なくありません。でも、指定管理者になったことと廃館危機が続いていたことで、僕は否応なしに経営者目線で水族館の改革を目指すことになりました」

小林さんの取り組みを冷ややかに見て、非協力的な先輩・同僚も多かった。そんな中、改革の右腕となったのは、その年に他の水族館から転職してきた戸舘真人(現・副館長)さんだった。同い歳で馬も合う戸舘さんを、小林さんは「相方」と呼ぶ。

お金もなく、人気もなく、施設は古くて小さく、目玉となる展示もない……そんな「ないないづくし」の水族館を、2人は二人三脚で蘇生させていった。



現在の竹島水族館。2018年元旦に耐震工事でリニューアルをしたが、旧外観の面影は未だに残っている

地の利を活かした目玉展示で来場者数が20万人を突破

同じ愛知県には、日本最大の水量と延床面積を誇る「名古屋港水族館」がある。規模は竹島水族館の約40倍。小林さんは当初、うらやましくて仕方なかったという。

「うちもあれくらい大きくてお金があれば、いろんなことができるのになあ……と、比べてはため息をついていましたね」

だが、その後、「大規模水族館と同じ土俵で勝負しても仕方がない」という気づきが訪れる。その契機は、目玉展示を作ろうとした最初の改革――「さわりんぷーる」(=生き物に触れる水槽)を作る過程にあった。

「考えた図面を水槽製作会社に渡して見積もりを取ったら、予算は2500万円だったのに『3億円かかる』と言われてしまって……」

そこで、削れるものはすべて削り、必要最低限の水槽にした。たとえば、岩を模した強化プラスチックの装飾(擬岩)は、オーダーメイドで値が張るため、ほとんど使わないことにした。また、水槽は深ければ深いほど水圧に耐えるために厚いガラスが必要で、値段も上がる。そこで、保育園の子どもたちが触れるくらいの浅い水槽にした。そのような積み重ねで、ついに予算内に収めたのだ。

「高価な生き物は買えないので、中に何を入れようかと思案して思いついたのが、深海生物を集めることでした。というのも、(水族館がある)蒲郡市には深海漁師さんがいて、網にかかった食べられない生き物は安く譲ってくれるからです」

それだけでは華やかさに欠けるため、深海に棲む世界最大のカニ「タカアシガニ」を目玉に据えた。これも地元漁師から潤沢に手に入るのだ。また、さわりんぷーるの裏には小さな水槽を20個並べ、深海生物の展示スペースを作った。その2つをメインにした11(平成23)年3月のリニューアルで、来館者数16万人突破を目指すと、小林さんは職員に言った。前年比3万5000人もの拡大だ。

当時の館長から「そりゃ無理だよ」と嗤われ、発奮した小林さんは「16万人に達しなかったら、飼育員全員坊主にします!」と宣言した。売り言葉に買い言葉ではあったが、小林さんには「そう宣言すれば、マスコミが報じてくれて話題になり、集客につながる」というしたたかな計算もあった。

「もし16万人に達せず全員が坊主になったとしても、それはそれで話題になると考えました(笑)」

その後の歩みを決定づける、「ユニークで面白い水族館」路線の始まりであった。

他に類を見ない「深海生物が触れる水槽」は評判を呼び、11年の来館者数は一気に20万人に跳ね上がった。リニューアル大成功である。

「僕はこの経験で、『お金には限りがあるけど、アイデアには限りがないから、何もないことはむしろ武器ですらある』と思いました。じっさい、うちが打ち出してきたさまざまなアイデアは、お金があったら思いつかなかったし、思いついてもやろうとしなかったでしょう」

お金がないからこそアイデアで勝負し、大手がやらないことをやる――あらゆる中小企業が大企業を向こうに回して闘うときの手本が、ここにはある。



「キモチワルイ」と言われながらも、来場者に大人気のウツボ50匹の水槽。このようにユニークな展示ができるのも竹島水族館ならではだ

取材・文・撮影 編集部


この記事の続きを見たい方
バックナンバーはこちら

本記事は、月刊『理念と経営』2022年7月号「逆境!その時、経営者は…」から抜粋したものです。

理念と経営にご興味がある方へ

SNSでシェアする

無料メールマガジン

メールアドレスを登録していただくと、
定期的にメルマガ『理念と経営News』を配信いたします。

お問い合わせ

購読に関するお問い合わせなど、
お気軽にご連絡ください。