『理念と経営』WEB記事

「人」のおかげで会社が成り立っている

ワシオ株式会社 統括本部長 鷲尾 岳 氏

独自の技術を誇る肌着メーカーが、時代の波に呑まれ、経営危機に陥った。改革に立ち上がったのは、未来の3代目だった。経費の徹底削減、価格の適正化などによって一息ついたとき、コロナ禍という次の逆境が……。

「このままでは家庭崩壊だ」との危機感から家業へ

ワシオ株式会社は、70年近い歴史を持つ老舗肌着メーカーだ。主力製品は、「ワシオ式起毛」と呼ばれる独自の製法で作られる防寒肌着「もちはだ」シリーズ。圧倒的な保温性能で知られ、国民栄誉賞も受賞した世界的な冒険家の植村直己さんも南極大陸の探検時に「もちはだハイソックス」を着用していたという。

芸能界にも愛用者が多い。寒い時期の屋外ロケなどで、演出の都合から厚着できないときなどに、防寒アイテムとして重宝されている。


同社の鷲尾岳統括本部長(31歳)は、創業者を祖父、2代目の鷲尾吉正現社長を父に持つ。ただ、次男でもあり、家業を継ぐつもりはなかったという。大学で専攻した中国語を生かし、中国での起業を目指していた。その前段階として、現地でビジネスを展開する日本企業に入り、事業の立ち上げを経験した。

中国から一時帰国して実家で過ごすうち、鷲尾さんは両親の口論が増えたことに驚いた。

「父が社長、母は通販部門の責任者なので、経営をめぐって言い争っていたのです。元々は仲のいい夫婦なのに……。『このままでは家庭が崩壊する』と危機感を覚えました。私も中国での事業を通じて、決算書が読めるようになっていました。両親の会話を聞くうち、経営分析のための基本的情報が足りておらず、感情のぶつかり合いになっているように感じました。『これなら自分に手伝えることもあるはずだ』と思ったのです」

「会社を継ごう」と思ったわけではなく、息子として家庭崩壊を防ぎたい一心で、鷲尾さんは入社したのだ。2016(平成28)年のことだった。

経費削減と価格適正化により1年で黒字化を達成

鷲尾さんが入社してまず取り組んだのは、経営数値の「見える化」だった。指標になっていたのは売上高のみで、年間の生産量すらはっきりしなかった。年1回、社員全員で行う棚卸しの数字をまとめるのに、1カ月半もかかっていた。すべてが時代遅れのアナログ管理であった。

「紙で管理されていた経費を、3年分くらいエクセルに入力していきました。それが、入社後の最初の仕事でした」

どこにどれだけお金がかかっているのかなど、経営状況をつかむのに1カ月かかった。見えてきた全体像は驚くべきものだった。

「売上高が年5億5000万円ほどだったのに、キャッシュアウトは年7億2000万円ありました。そのマイナス分を全部借り入れで補填していたのです。在庫も前年比1億円近く積み上がっていました。冬物しか作っていない会社なのに、春に残った在庫がそれだけあったのです」

客観的に見れば倒産の危機だが、父である現社長には、不思議なほど危機感がなかった。

「背景にあるのは、うちの技術的優位です。祖父の代に、生地を編む段階で起毛する編み機を自社で開発して、それが『ワシオ式起毛』という独自の技術につながっています。その編み機は世間に流通していないので、『もちはだ』はうちにしか作れません。父は最初からその優位性を手にしていたので、『今度も何とかなるだろう』という感覚だったのだと思います」

鷲尾さんは、会社が置かれた状況の深刻さを丁寧に説明し、改革の陣頭指揮を取ることを許された。まず任されたのは経費の削減だった。

「小さなところでは、ウォーターサーバーをなくしたり、会社に5台あった自販機を1台にしたり……。交際費も大幅に減らしました。大きかったのは、長年の取引先に相場の1.5倍もの料金で依頼していた検品作業を、パートスタッフを雇って自社で行う形に変えたことです。その取引先に厳しい言葉を投げかけられ、決裂に至りましたが、背に腹は代えられませんでした」

大小さまざまな削減を積み重ね、トータルで年1億5000万円分のコストカットができた。

取材・文 編集部
写真提供 ワシオ株式会社


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年6月号「逆境!その時、経営者は…」から抜粋したものです。

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