『理念と経営』WEB記事
編集長が選ぶ「経営に役立つ今週の一冊」
第16回/『日本病――なぜ給料と物価は安いままなのか』

30年以上続く経済停滞の背景がすっきりわかる
『理念と経営』でも「指標に『未来』を見る」を連載していただいている、気鋭のエコノミスト・永濱利廣さん(第一生命経済研究所首席エコノミスト)の新著です。
タイトルの「日本病」とは、バブル崩壊以来30年以上にわたって、日本で低所得・低物価・低金利・低成長の「4低」が続いている現状を指しています。
かつて、「英国病(British disease)」という言葉がありました。イギリスで1960年代から80年代にかけて続いた、経済・社会の停滞状態を指す言葉です。「日本病」は、それになぞらえたネーミングなのです。
この「4低」、じつはいまの先進諸国でも日本特有に近い現象といえます。そのため、諸外国のエコノミストからは「ジャパニフィケーション(Japanification)=日本化」と名付けられ、いまや世界の経済学の研究テーマにすらなっているそうです。
たしかに、バブル期には世界第2位の経済大国として豊かさを謳歌し、「ジャパンマネー」による海外資産買い漁りに走っていた日本が、たった30年でここまで不景気な国になったのですから、「いったいなぜ?」と不思議に思い、研究したくもなるでしょう。
そして、その「なぜ?」は私たち日本人の疑問でもあります。とくに、高度成長やバブル期の賑わいを肌で知っている世代ほど、そう思うでしょう。
本書はまさに、その疑問に答えてくれる本です。副題に「なぜ給料と物価は安いままなのか」とあるとおり、日本で30年以上も絶望的な経済停滞が続く背景が、すっきりと解説されています。
「4低」現象の本質を、一つずつ掘り下げて解説
本書は全7章立て。そのうちの第1章では、まず「日本病」の現状が概観されます。
バブル期には世界屈指の「高い国」だった日本が、いまやどれほど「安い国」になっているかが、具体的なデータをちりばめて明快に解説されているのです。
たとえば、世界中のマクドナルドで売られている「ビッグマック」の価格を比較した、いわゆる「ビッグマック指数」では、日本は57ヵ国中33位。すでに韓国、中国、タイよりも、日本は「物価が安い国」になっているのです。
賃金についてもしかり。「G7」(日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)+韓国の1年あたりの平均実質賃金を比較してみると、日本は2015年に韓国に追い抜かれ、イタリアに次いで下から2番目の低賃金国になっています。
しかも、イタリアが最下位になったのはコロナ禍の影響であり、2000年から2019年までは日本が最下位でした。
そのように、第1章で「安い日本」の全体像が示されたうえで、続く4つの章では「4低」現象が一つひとつ深く掘り下げられていきます。
第2章が低所得、第3章が低物価、第4章が低金利、第5章が低成長にそれぞれ的を絞り、なぜそれほど「低い」のかが、さまざまな角度から解説されていくのです。
「日本病」が治る可能性と希望を示す
本書は「日本病」の深刻な現状とその背景を分析し、警鐘を鳴らす本ですが、最後の第7章「下り坂ニッポンを上り坂に変えるには?」は、暗雲の切れ間から希望の光が射し込むような内容になっています。
そこには、「日本病」が治る可能性と、そのための著者なりの処方箋が提示されているからです。
《世界広しといえど、先進国でこんなに長きにわたって成長していない国は日本だけです。そして、本書では成長しない理由も見てきました。
裏を返せば、日本も正しい経済政策を行っていたら、バブル崩壊からデフレに陥らずにもっと成長していたはずですし、今後もやり方次第で経済を正常化できる可能性があります》
そして、希望が感じられる要素の例として、日本の第一次産業が秘めた大きな可能性などが挙げられています。
日本の第一次産業は、《非常に品質が良いにもかかわらず、輸出が少なすぎるということで、国策としてグローバル展開が推し進められて》います。そのように、《農業や漁業をはじめ、新しい視点で見直し、国が積極的に企業の参入や人材に投資をしていけば、日本でもグローバルに稼げる産業がもっと育ち、増えていくはずです》としています。
日本経済の現状を正しく把握するために
本書で展開されるのは日本経済という大枠の話なので、中小企業のみなさんから見れば、読んでいて「うちの仕事には直接関係がない」と思える部分もあるかもしれません。
しかし、本書は中小企業経営者にとっても必読の内容だと思います。
なぜなら、日本経済の現状を正しく把握することは、どんな業種の中小企業にとっても、経営の方向性や具体的な経営計画を立てるために大切であるから。
そして本書は、“「日本病」という現象をフィルターとした、日本経済の現状入門”ともいうべき内容であり、一読すれば日本経済のいまが理解できるのです。
著者の永濱さんは、「はじめに」で次のように記しています。
《今の日本経済を「ありのまま」理解することは、老後に年金はもらえるのか、日本の財政赤字は本当に危機的状況なのか、なぜあなたは無条件に「節約しなければならない」と思っているのか、といった問いへの答えにもなります。結果、日本の真に「危ない」ところと、意外に「大丈夫」なところ、両方が見えてくるはずです。
そのうえで、ここ30年ほど私たちが共有し続けている「茫漠とした不安」の正体は何なのか、その不安はどのくらい妥当なのか、についても改めて考え、明日の行動につなげていただければ幸いです》
この文章は個々人に向けて書かれていますが、そのまま中小企業経営者にもあてはまるでしょう。経営者として取るべき「明日の行動」のヒントが、たくさんちりばめられている本なのです。
永濱利廣著/講談社現代新書/2022年5月刊
文/前原政之
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