『理念と経営』WEB記事

第15回/『競争しない競争戦略 改訂版――環境激変下で生き残る3つの選択』

「レッド・オーシャン」で不毛な競争をしないために

今週発売の『理念と経営』6月号(5月21日発売)は、「中小企業のための『競争しない競争戦略』」を特集しています。

この特集全体を総括する識者としてご登場いただいたのが、本書の著者・山田英夫先生(早稲田大学ビジネススクール教授)です。そもそも、今回の特集自体、本書から着想したものなのです。

山田教授の経営学者としての専門分野は競争戦略論であり、本書は研究の蓄積を一般向けに噛みくだいたビジネス書になっています。2015年の刊行以来、ロングセラーとなっていた元本の、6年ぶりの「改訂版」です。
「改訂」といっても、一部の文章を直したというレベルではありません。《初版に掲載した事例を半分以上差し替え、アップデート》した全面改訂であり、元本を読んでいたとしても一読の価値がある内容です。

さて、タイトルに言う「競争しない競争戦略」とは何のことでしょうか? まるで「なぞなぞ」のような不思議な言い回しですね。

企業経営に、売上やシェアなどを巡る競争の側面があるのは当然です。だからこそ、競争戦略論が経営学の一分野になっているのですから……。
しかし、競争の中には、深入りすればするほど疲弊していく不毛な競争があります。最たるものが《同業他社との同質的競争》であり、それはしばしば安売り競争という消耗戦になります。

《競争相手が明確であり、頑張れば逆転できる競争を、日本企業は得意としてきた》ため、とかく不毛な安売り競争に走りがちです。そして、そのことが日本企業の力を大きく削いできたのでした。

《他社と同じことをするためには、常に他社の動向をウォッチしていかなくてはならない。また、同じような製品・サービスでシェアを奪っていくためには、保有資源やコスト構造が変わらないとすれば、他社より長時間働くか、利益を削って他社より安く販売するしかない。これが、日本人の働き方(ワークスタイル)を規定してきた面もある》

著者は、そのような日本企業のあり方に対する問題意識から、本書を著しました。
これは、レッド・オーシャン化しやすい《同質的な価格競争》をやめ、《知恵を絞って競争を回避し、自社独自のポジションを築く競争》をしようではないかと、日本企業の経営層に訴える提言書と言えます。
そのような、ブルー・オーシャンを目指す経営戦略こそが、タイトルに言う「競争しない競争戦略」なのです。

ただし、《競争がまったくゼロになるということは現実にはありえず、本書における「競争しない」とは、「既存の業界リーダー企業と戦わないこと」と定義する》としています。
本書には、「業界リーダー企業と戦わないこと」を戦略として選んだ企業が、どのようにしてブルー・オーシャンを切り拓いたのかが、多数紹介されているのです。

「競争しないための3つの戦略」のケーススタディ集

著者は、企業が価格競争から脱して「競争しない」状態を作ることで利益率を高めるための戦略を、「ニッチ戦略」「不協和(ジレンマ)戦略」「協調戦略」の3つに整理して解説していきます。

「ニッチ戦略」とは、リーダー企業との競合を避け、ニッチな特定市場に自社の資源を集中させる戦略です。

「不協和(ジレンマ)戦略」とは、リーダー企業の経営資源や戦略と逆行する戦略を取ることによって「不協和」を生じさせ、同じことをしようとしてもできない分野で勝負する戦略です。
わかりにくいでしょうから、例を挙げます。
営業職員を抱えないことによって保険料を安くする「ネット専業生保」が増えていますが、既存の大手生保会社は同じことをしようとしてもできません。最大の強みである多数の営業職員を切り捨ててネットに転換することは不可能だからです。
これが「不協和戦略」の典型例で、リーダー企業の強みを弱みに転換することに特徴があります。

ニッチ戦略と不協和戦略がリーダー企業との「棲み分け」であるのに対し、3つ目の「協調戦略」は「共生」の戦略です。リーダー企業のバリューチェーンに入り込むことなどによって「共生」し、攻撃されない状況を作り出す戦略なのです。

本書は、以上3つの戦略をパターン別に分け、どのような戦略なのかを解説しています。日本企業を中心に、85社以上の成功事例が集められたケーススタディ集なのです。

中小企業経営者こそ学びが多い本

本書は一般書ですが、経営学の理論書としての深みも十分に備えた本です。
第1章では「競争しない競争戦略」の理論的背景が詳述されますし、事例紹介が中心になる第2章以降も、競争戦略研究の第一人者マイケル・ポーター(ハーバード大学経営大学院教授)を筆頭に、経営学の研究成果が随所で紹介されます。

そのように、学術研究によってしっかり裏打ちされながらも、あくまで読みやすい事例集である点に、本書の最大の価値があります。

本書では、10種類のニッチ戦略と、各4パターンの不協和(ジレンマ)戦略と協調戦略が解説されますが、そのすべてについて具体例が挙げられています。しかも、セブン銀行、イオン、宝島社、弁護士ドットコムなど、身近な事例も数多く登場するのです。

それらがどのような「競争しない競争戦略」で成功したのかが詳述されるため、読者は「ああ、この戦略はそういう意味か」とすんなり理解できます。論文の形で読めば難解であるはずの競争戦略論が、誰にでも理解できる形で提示されているのです。

しかも、それらのケーススタディは《公開情報としての企業事例だけでなく、企業インタビューにより内容を精緻化》されており、臨場感あふれるビジネス読み物にもなっています。

本書は、中小企業経営者にこそ一読を奨めたい内容です。テーマとなる「競争しない競争戦略」自体が、中小企業に好適な戦略であるからです。

同業他社との価格競争という消耗戦に疲弊して、ブルー・オーシャンを目指した別の戦い方を探している中小企業経営者も多いことでしょう。本書の豊富なケーススタディの中には、手本となり、アイデアのヒントとなる例もきっとあるはずです。

何より、本書に紹介された、リーダー企業の間隙を衝く巧みなビジネスモデルの数々は、それ自体が感動的です。そこには、「小よく大を制す」の心意気で大企業に挑む中小企業の智恵があふれています。

なお、『理念と経営』6月号に掲載された、著者・山田教授へのインタビューは、まさに本書のエッセンスを凝縮した内容になっています。記事を本書と併せ読むことで、いっそう理解が深まるでしょう。

山田英夫著/日本経済新聞出版/2021年10月刊
文/前原政之

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