『理念と経営』WEB記事

行動経済学を知り、消費者の行動を捉えよ

東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部誠 氏

マーケティング研究の第一人者、フィリップ・コトラーは「行動経済学は『マーケティング』の別称に過ぎない」と提言する。行動経済学を研究する阿部教授に、人間の消費行動のメカニズムを伺った。

人間は常に合理的な判断を下しているか?

――ご著書も話題になっており、行動経済学に注目が集まっています。

阿部 伝統的な経済学は、仮定に基づいて理論を展開していくアプローチを取っていました。それは、人間は経済的にふるまう、ということです。3つあります。人間は超合理的にふるまう。人間は超自制的にふるまう。人間は超利己的にふるまう。しかし、実際の経済現象には、この3つに適応しない場面が多々見られるわけです。

本当に超合理的にふるまうか? 例えば何かモノを買うとき、ベストな選択をしたいといっても、すべてのモノを比較検証して買うことはできません。状況によって意志決定したりブランドを選択したりしている。つまり限定的に合理的なんです。

本当に超自制的にふるまうか? 未来の大きな利得と目先の小さな利得を比べたとき、客観的な判断ができずに目先のことに誘惑されてしまう。時間的に近いものに対して過大に評価する傾向がある。超自制的ではないんです。

本当に超利己的にふるまうか? 人間は自分のことだけ考えて、自分の利益だけが最大化するように行動するのかといえば違います。他の人のことも考えるし、寄付もするし、ボランティアもする。環境に配慮したりもする。超利己的ではないんですね。

3つの伝統的な経済学の仮定を緩める形で進めてきたのが、行動経済学なんです。


イメージ図:編集部

意思決定をするときに働く思考回路の仕組み

――ご著書では、人間の消費行動を考えるとき、「ヒューリスティック」という言葉がキーワードになっています。

阿部 人間が何かの行動を起こそうとするとき、頭の中で処理する能力は限られています。情報の処理能力は完全ではないんですね。状況や対象によっては、直感的に意志決定したり、評価したりする。これが、ヒューリスティックです。経験に基づいたり、感情に基づいたりして、かなり単純に物事を捉えてしまう。一方で、学校の試験を受けるときのように、真剣に考えて複雑な情報処理を頭の中で行うこともあります。

直感的に短時間でアバウトだけど結論を出そうとする場合と、時間をかけて物事を考えてベストな判断をしようとする場合。人間には2つの情報処理の仕方があるということです。じっくりすべてを考える時間もない。そうでなければ、頭はパンクしてしまいます。この2つを、システムワン、システムツーと呼ぶこともありますが、状況によって人間は使い分けているんです。

――もう一つ、重要なキーワードになっているのが、「バイアス」です。

阿部 システムワンで正解に近いものを見つけようとするとき、大きな間違いを導くことがあるんですね。これがバイアスです。バイアスのでき方にはパターンがあって、そのバイアスが間違った答えを導いていくんですが、大きく3つのヒューリスティックから生じます。利用可能性ヒューリスティック、代表性ヒューリスティック、固着性ヒューリスティックです。

利用可能性ヒューリスティックとは、頭の中に最初に思いついた利用可能な情報で処理しようとしてしまうこと。そうすることで、短時間で努力を必要とせずに物事が考えられるわけです。

代表性ヒューリスティックとは、パッとイメージしているものが、その対象を代表しているものと間違って判断してしまうことです。わかりやすいのが、確率統計です。サンプルサイズの小さな現象なのに、それを無視して結果を信じてしまう。例えば、ダイエットプログラムが5人中4人成功した。だから80%の成功確率、となるわけですが、たった5人の話です。1000人の統計ではない。でも、信じてしまう。

固着性ヒューリスティックとは、なんらかの刺激に固執してしまうことです。だから、新しい情報が入ってきてもイメージが更新されない。誤った判断をしてしまう。わかりやすいのが、アンカーです。家電製品にはメーカー希望小売価格がありますが、それをアンカーに割引を見るでしょう。例えば、3割引になっているからトクだな、と。ところが、そもそも希望小売価格が適性でなく高く設定されていたらどうか。実はトクでもないのに、トクだと思ってしまうわけです。

取材・文 上阪徹


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年5月号「特集2」から抜粋したものです。

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