『理念と経営』WEB記事

第14回/『野性の経営――極限のリーダーシップが未来を変える』

世界的な「知識創造理論」の応用編

『理念と経営』でも、誌面へのご登場などさまざまな面でお世話になっている、世界的経営学者・野中郁次郎先生(一橋大学名誉教授)の新著です。

野中先生は、企業などの組織が新しい「知」を創り出すメカニズムを解き明かした、「知識創造理論(SECIモデル)」で知られています。

それがいかに画期的な理論なのかの例証として、入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授のベストセラー『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)での扱いを挙げます。
同書では、「世界の主要経営理論約30」の一つとして「知識創造理論」が取り上げられているのです。そこには、次のような一節があります。

《この世に一つだけ、知の創造プロセスを描き切った理論がある。それが、一橋大学名誉教授・野中郁次郎のSECIモデルだ。筆者は、野中教授が日本人だから持ち上げるのではない。現時点の経営学において、SECIモデルほど知の創造を深く説明したモデルは存在しない。(中略)SECIモデルはいまビジネスの世界で大きな課題となっているイノベーション、デザイン思考、そしてAIとの付き合い方にまで、多大な示唆を与える。これからの時代に、不可欠な理論なのだ》

《野中教授が本当に偉大だと筆者が感じるのは、いまだにこのSECIモデルを進化させ続けていることだ。そのために、80歳を超えられたいまでも、貪欲に日本中の現場を回られている》

入山教授のそうした指摘どおり、野中先生が刊行する新著には、「知識創造理論(SECIモデル)」の最新の形が反映されています。
本書もしかり。「野性の経営」も知識創造理論を基盤とするものであり、いわばその応用編なのです。

科学偏重の経営に警鐘を鳴らす

本書は、《これからの時代を生き抜く羅針盤となる「野性の経営」のありようについて、世の中に発信することを目的している》と、「はじめに」にはあります。
そして、「野性の経営」という言葉に込めた思いについては、次のように説明されています。

《本書は、混迷深まる社会を「野性」を発揮して生き抜く必要があること、それは、人間の営みそのものである「経営」でも例外ではないことを述べる》

《人間には、本能的に生き抜くための力である「野性」が備わっている、と我々は考えている。ギリシャ神話などに数多く描かれてきたのは、「知性」と「野蛮」の対立だ。(中略)とはいえ、「知性」も「野蛮」も人間が内面に包含しているものだ。それらを綜合する「野性」をもって、時代の荒波や国難を我々は乗り越えてきたのではないか》

《いま人間は、デジタルやサイエンスの進化による便利さや安全を享受しつつ、自らの生き抜く知恵である「野性」を劣化させないようにどう生きるか、という瀬戸際にいるのかもしれない》

これらの言葉が示すように、本書の根底にあるのは、データ重視の「分析的経営」、科学偏重の経営に対する警鐘です。

《経営は科学だけでは立ちゆかない。最新のITツールを導入し、科学的に分析し、数値を把握して管理すればうまくいくわけではない。数値データのみから経営の未来を見通すことはできない。(中略)しかし、日本企業は人間一人ひとりの主観や直観といった暗黙知を捨象し、客観的分析モデルをつくることが企業経営だという潮流に傾いた結果、オーバープランニング(過剰計画)、オーバーアナリシス(過剰分析)、オーバーコンプライアンス(過剰規則) という「三大成人病」に陥った》

先行きを見通すことが難しい、いまの「VUCA」な世界は、従来の分析的経営では太刀打ちできなくなっています。だからこそ、直観力や共感力など、人間本来の野性の力に依拠した経営が必要だと、本書は主張するのです。

理論と「物語り」の二段構えで迫る

本書は、「理論編」と「物語り編」の二部構成になっています。
前半の「理論編」では、なぜいま「野性の経営」が必要か、「野性の経営」とは何かが、SECIモデルを踏まえて解説されていきます。
そして、「野性の経営」の実践によって、大きな変革を遂げた大企業の事例として、ソニーとマイクロソフトの復活劇が取り上げられます。《科学偏重の罠に陥った企業が、いかに人間味のある「野性」を呼び起こし、自己変革し、組織として進化したか》が論じられるのです。

後半は「物語り編」です。「野性の経営」が理想的になされたモデルケースとして、タイ共和国のドイトゥン地区で展開された、「メーファールアン財団」による社会的変革が、くわしく紹介されます。

ドゥイトンはかつて、いわゆる「黄金の三角地帯」の一角として、世界有数のアヘンの生産地でした。村人たちの生活は、アヘンの密造、人身売買、武器の取引などに依存しており、人心も自然も荒れ果てていたのです。
そのドイトゥンが、開発プロジェクトの力によって生まれ変わり、健全な人気観光スポットとして蘇生するまでの軌跡が、くわしく紹介されます。

アヘン原料のケシの代わりに、質の高いコーヒー豆やマカデミアナッツなどが栽培されるようになり、アヘン依存症になっていた村人は麻薬更生プログラムを受けて中毒状態から脱しました。また、自然環境は保全され、村人たちの収入も大きく向上。自力で生活できるようになりました。

一連のドゥイトン開発プロジェクトを担ったリーダーが、「メーファールアン財団」の事務局長であった「クンチャイ」ことディスナダ・ディッサクンでした。

「クンチャイ」は本書後半の主人公といってもよく、本書の副題に言う「極限のリーダーシップ」も、彼がプロジェクトで発揮したリーダーシップを指します。
著者たちとも友誼を結んだクンチャイの生の軌跡(彼は2021年10月に逝去)が、後半では辿られていきます。

前半の「理論編」と、後半の「物語り編」を併せ読むことで、読者は「野性の経営」を立体的に理解することができるでしょう。

終章《「野性の経営」のその先へ――「クリエイティブ・ルーティン」を回し続けよ》では、クンチャイが成し遂げたことを、野中先生のSECIモデルに当てはめて整理・分析しています。
それは言い換えれば、《「野性の経営」を実際に組織で実践するための方法論》をモデル化して提示したものと言えます。

クンチャイがドゥイトン地区を蘇生させた軌跡と、野中先生らによるモデル化――それは、あらゆる中小企業にとっても、自社の持つ創造性をいきいきと開花させるための手本となるでしょう。

野中郁次郎・川田英樹・川田弓子著/KADOKAWA/2022年4月刊
文/前原政之

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