『理念と経営』WEB記事

第13回/『9割の社会問題はビジネスで解決できる』

「日本を代表する社会起業家」の初著書

著者の田口一成氏は、株式会社ボーダレス・ジャパンの創業者で代表取締役社長です。
2007年、氏が25歳の若さで創業した同社は、いまや世界15カ国で40の事業を展開する「ボーダレスグループ」に発展しています。従業員はトータル約1500名、グループ年商は55億円を超えているそうです(数字はいずれも2021年4月現在)。

貧困問題、難民問題、フードロス、地球温暖化など、さまざまな社会問題を解決するビジネス(ソーシャルビジネス)に取り組む会社の集合体が、「ボーダレスグループ」です。
ただし、ホールディングスではなく、親会社・子会社の関係でもありません。

ボーダレス・ジャパンは、「自分はこんな社会問題を解決したい」という志を持った起業家が集まる「社会起業家のプラットフォーム」です。40の事業はそれぞれ独立した株式会社で、40人の社長がいるのです。

各社が独立経営を行いながらも、資金やノウハウを提供し合う相互扶助の仕組み――「恩送り経営」が、ボーダレスグループの特徴です。

グループ各社が余剰利益を「共通のポケット」にプールしておき、それは新たなソーシャルビジネスを立ち上げる起業家の支援に使われます。まだ軌道に乗れずに苦闘している後輩を、すでに黒字化した先輩たちが「恩を送る側」となり、サポートするわけです。

社会起業家を目指す人をグループに受け入れ、その人たちと「伴走」する仕組みも、さまざまあります。
たとえば、あるビジネスプランについて、グループ各社の全社長が参加する会議(「社長会」)で全員の承認が得られたら、返済不要の事業資金が提供され、自己資金ゼロで起業できます。

また、グループ内には「スタートアップスタジオ」という、事業立ち上げ支援に特化したチームがあり、新たな起業家の事業が単月黒字化するまで無料でサポートします。

その後も、「バックアップスタジオ」というバックオフィス業務・経営管理業務の専門家チームのサポートを、売上の2%の利用料を払うことで受けられます。たとえば、毎月の売上が100万円なら、たった2万円の利用料で業務をサポートしてもらえるのです。

一方、売上2億円のグループ会社は、バックアップスタジオに月400万円(同じく2%)の利用料を払います。ここにも、利益の出ている会社が多めに支払って起業直後の会社を支える「恩送り」があるわけです。

他に類を見ないそうした仕組みは、2019年に「グッドデザイン賞」のビジネスモデル部門に輝きました。
そしてその仕組みは、田口氏自身が起業家として重ねてきた苦闘から生み出されたものなのです。

《ボーダレスグループの仕組みは何を参考にしているのかとよく聞かれますが、参考にしたものはありません。創業期の苦しかった僕自身が欲しかったものを形にしようとしているだけです。
 あの時の自分は何が欲しかっただろうか、どんな仕組みがあればあんなに苦しまなくてすんだのだろうか。様々な仕組みは、「あの頃の自分と同じ苦労をさせたくない」という強烈な想いが形になったものなのです》

田口氏は、『日経ビジネス』の「世界を動かす日本人50」に選出されたり(2019年)、 『Newsweek』日本版の「世界に貢献する日本人30」に選出されたり(2021年)と、大きな注目を浴びています。本書の帯に躍る「日本を代表する社会起業家」という惹句は、けっして誇張ではありません。
『理念と経営』でも、一度インタビューの形でご登場いただいたことがあります(2020年10月号)。

本書は、その田口氏が満を持して上梓した初の著書なのです。

「ソーシャルビジネスとは何か」がわかる本

企業経営者が著書を出す以上、その企業の宣伝という意味合いがあるのは当然です。しかし本書は、単なる宣伝本ではありません。「経営書」として普遍的な価値を持っているのです。
第一に、ソーシャルビジネスの上質な入門書としての価値です。

本書の前半では、ボーダレスグループを生み出すまでの試行錯誤の歩みが綴られ、後半では、40の事業を立ち上げる中で培ってきた「社会問題をビジネスで解決するためのノウハウ」が開陳されています。

その上で、田口氏は自らのソーシャルビジネスについての信念を随所で語っています。そのため、読者は「ソーシャルビジネスとは何か」を、具体例に即して深く理解することができるのです。

ソーシャルビジネスの本質を論じたくだりを引いてみましょう。

《貧困や人種差別、環境問題といった「社会問題が生まれている原因」を捉え、その原因に対して有効な対策を考える。そうやって社会を確実に変えていくのがソーシャルビジネスです。
ですから、理想の社会づくりの設計図=ソーシャルコンセプトをつくり、それをビジネスモデルに落とし込んでいく、という順番で考えていくのです。(中略)
最初はビジネスアイデアなんか一切考えません。考えるのは、「この社会問題が起こっている本質的な原因は何なのか」。現場に入って、課題を抱える当事者に何度もヒアリングを重ねながら、徹底的にその原因を追究していきます。(中略)
 こうやって見えてきた社会問題の原因に対する「対策」を忠実に体現した商品・サービスをつくり、それをビジネスモデルに落とし込んでいく。この順番でなければ、ピントの外れたビジネスモデルになってしまい、社会問題を解決する社会ソリューションにはなりません》

また、ボーダレスグループでは、事業ごとに「ソーシャルインパクト」という《その社会問題がどれだけ解決されているかを測定するための指標》を設定し、その指標数値を月次で追いかけていくそうです。
自分たちのビジネスが、社会問題の解決にどれくらい寄与したかに、徹底的にこだわる――そうした姿勢に感服させられます。

「CSV経営」「パーパス経営」との共通性

本書には、「CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)経営」という言葉も、「パーパス経営」という言葉も、一度も使われていません。しかし、利益を社会問題の解決に結びつけていく姿勢は、社会的価値と経済的価値の両立を目指す「CSV経営」や、それと地続きの「パーパス経営」と、深く響き合うものでしょう。

「CSV経営」「パーパス経営」がクローズアップされているいま、ボーダレスグループが脚光を浴びているのも、時代の暗合というものでしょう。いずれも、「資本主義の行き詰まりと、新たな方向性の模索」という世界の趨勢から生まれてきた動きなのです。

これからの時代、いかなる企業も、社会的価値の追求なしに利益のみを追求することはできないでしょう。さりとて、利益を上げなければビジネスとして存続できません。
2つの両立を、理念として集約したものが「パーパス」であり、具体的な仕組みとして構築したのがボーダレスグループの「恩送り経営」だと言えるかもしれません。

中小企業経営のヒントにも満ちている

さて、ここまでを読んで、「うちの会社はソーシャルビジネスをやっているわけではないから、私には関係ない本だ」と感じた読者も多いかもしれません。

しかし、そうではありません。本書で田口氏が開陳する努力と工夫、経営哲学は、あらゆる中小企業経営者にとっても参考になるものです。
たとえば、こんな一節があります。

《社長の仕事は自分一人の力で何とかすることではありません。(中略)社長の仕事は、みんなの力を活かしながら事業を前進させていくことです。だから、起業したら一人で悩むクセはやめないといけません。経営者は孤独と言っている人は、残念ながら経営者としては二流です。経営者の仕事のやり方を間違えています》

これなどは、すべての経営者にあてはまる金言ではないでしょうか。

また、ボーダレスグループの事業を例にした第4章《ビジネス立ち上げ後の「成功の秘訣」》は、あらゆる中小企業にとっての“創業期の乗り越え方の要諦”としても読むことができます。

何より、掲げた壮大な目標(ボーダレスグループは、「1000人の社会起業家を生み出し、1000の社会問題を解決すること」を目標としています)を実現するため、全力で突き進む田口氏の姿勢そのものが、中小企業経営者を鼓舞してくれるでしょう。

感動的なビジネス・ドキュメンタリーでもある一冊です。

田口一成著/PHP研究所/2021年5月刊
文/前原政之

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