『理念と経営』WEB記事

「ソーシャルハーモニー」「ウェルビーイング」こそ、わが社の街づくりの原点

東急株式会社 取締役社長 髙橋和夫 氏 ✕ 株式会社佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表 佐々木常夫 氏

東京・神奈川エリアを中心に、鉄道事業とその沿線都市開発などを手掛けてきた東急株式会社は、今年で創立100周年を迎える。鉄道利用者の激減など、コロナ禍で厳しい局面に立たされているが、髙橋社長はこの危機をも糧に「次なる100年への変革」を描いている。変革の原点をなすのは、受け継がれてきた渋沢栄一の教えと現場主義である。

東急の街づくりに息づく、渋沢栄一のDNA

佐々木 じつは私、個人的に東急さんにはすごくお世話になっているんです。いまもそうなのですが、東急沿線で暮らしていた時期が長いですし、先日大阪の家を売却した際には東急リバブルさんにお願いしました。

髙橋 それは、大変ありがとうございます。

佐々木 ですので、今日はお会いできるのを楽しみにしていました。東急グループは今年で創立100年の佳節を迎えますが、創業にあたっては渋沢栄一も深く関わっていたそうですね。

髙橋 はい。渋沢栄一翁が中心となって1918(大正7)年に設立された「田園都市株式会社」が、東急の源流です。4年後の22(同11)年に弊社の前身である「目黒蒲田電鉄」が創立され、のちに田園都市株式会社と合併しました。

佐々木 私はいま本誌で、「渋沢栄一に学ぶ仕事道」という連載を続けています。一昨年には、『君から、動け。――渋沢栄一に学ぶ「働く」とは何か』(幻冬舎)という著書も上梓しました。
渋沢は日本が世界に誇る偉人だと思っています。御社の現在の経営にも、やはり原点となった渋沢の哲学が、いまも息づいているのでしょうか?

髙橋 そうですね。渋沢翁が田園都市株式会社を作られた背景には、当時、都市化の進行で東京都心が暮らしにくい環境になってきたことがありました。もう少し郊外でいいから、自然と調和した、人間らしい暮らしができる街を作ろうじゃないかということで、そのための会社を設立されました。いまの田園調布やその隣の洗足はそこから生まれた街なのですが、「東急の街づくり」の原点もそこにあります。

佐々木 東急グループが2050年を見据えて打ち出した「長期経営構想」では、「ウェルビーイング」と「ソーシャルハーモニー」の二つが基本軸として掲げられていますね。渋沢栄一の哲学と通底するのは、そのあたりでしょうか。

渋沢は「論語と算盤」というキーワードに象徴されるように、企業としての利益追求と「世のため人のため」の公益性を両立させようと試みました。自分の利益ばかりではなく、社会全体の利益を常に考えていこうという姿勢です。それはいま風に言えば「ソーシャルハーモニー」にほかなりません。

髙橋 おっしゃるとおりです。ウェルビーイングとは一人ひとりの幸せの追求であり、ソーシャルハーモニーは社会との調和です。その二つを一体として追求していこうというのが私どもの基本姿勢です。それは渋沢翁のDNAとも言えますが、そもそも街づくりは、行政や沿線にお住まいの方々と力を合わせなければできません。その意味でも、当社がソーシャルハーモニーを志向するのは必然なのです。

佐々木 御社は鉄道会社として、ホームドアを全駅に設置したり、車内防犯カメラ設置率を100%にしたりと、「安全への投資」を他社に先駆けてしてこられましたね。そうした点にも、社会との調和を重視する姿勢を感じます。

髙橋 そうですね。当社は来春の運賃引き上げを国土交通省に申請していますが、この背景には安全のための先行投資を継続して実施してきたことが挙げられます。これにより固定費として減価償却やメンテナンス費用が重くのしかかってきており、鉄道インフラを適切に維持・更新していくためには、コロナ収束後も需要は元に戻らないという認識のもと、運賃の値上げをお願いせざるを得ない状況です。

その他にも、当社では1974(昭和49)年から、もう半世紀近く、東急沿線を流れる多摩川の浄化運動にも取り組んできました。沿線の人々と共存共栄していく企業として、それは当然のことなのです。
そうした取り組みについて、過去に社内の一部からは反対意見もありました。とくに、業績が悪化した時期には、そうした話が出がちだったものです。
しかし、近年はもう出ません。「社会価値と経済価値を両立させてこそ、我々の事業が社会に受け入れられる」という、いわゆる「CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)経営」の価値観が、社員たちの間にもしっかりと浸透してきたのです。

バス事業再建の経験から、経営者として多くを学んだ

佐々木 御社は、「ダイバーシティ」(多様性)を重んじてこられた企業でもあります。

髙橋 鉄道会社はどこも、基本的に男社会なんですよ。経営の意思決定をする場面にいるのは、ほぼ男性だけなんです。7、8年前、私がまだ社長になる前で人事担当役員だった時期に、「これからの時代、このような男社会のままで企業として成長していけるのだろうか?」とつくづく思いましてね。

そこで、女性の活躍推進を意識的に始めてみたのです。まだまだ道半ばですが、最近はようやく、東急グループ内の会社に女性社長が誕生するなど、かなり変わってきました。

佐々木 そういえば、東急グループでは他社に先駆けて、バスのドライバーに女性を積極採用してこられましたね。

髙橋 ええ。その取り組みは、私がまだ東急バスの再建に取り組んでいた時期に始めました。当初はダイバーシティのためというより、バスドライバーの不足を解消するためには女性の力を借りるしかないということがありました。

もちろん、「女性を登用する以上、男性ドライバーにはない資質を活かしてほしい」という思いはありました。そこで、女性ドライバーにだけ「サービスプロバイダー」という新しい呼称をつけたりしました。単に運転するだけではなく、乗客にサービスを提供する立場なんだという、ホスピタリティのニュアンスをそこに込めたのです。

あとは、ジェンダーだけではなく、年齢の多様性も重視しています。そのための取り組みも推進していまして、たとえば、当社の社外取締役には今年で90歳になる方もおられます。私の父親よりも年長であるわけですが、経営の真髄を教えていただいております。そのように、性別や年齢など、さまざまな面で多様性を保ち、多彩な視点を持つことが、企業の健全性のためには大切だと、つくづく感じているところです。

佐々木 いま話が出ましたが、髙橋社長はお若いころ、バス事業の再建に取り組まれましたね。その時期のご経験が、経営者としての原点になっているのかなとも思うのですが、いかがですか?

髙橋 そうですね。当時はまだ若かったので、経営の意思決定はもっと上の人がしていましたが、私にとって大きな経験であったことは間違いありません。

構成 編集長 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年5月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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