『理念と経営』WEB記事

第10回/『多様性の科学――画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』

多様性を切り口にした、秀逸な組織論

「ダイバーシティ(多様性)が大事だ」と、誰もが言う昨今です。
では、企業などの組織が多様性を持つことは、なぜ大切なのでしょう? マイノリティ(社会的少数者)への配慮、人権擁護の側面はもちろんありますが、それだけではありません。

多様性は、組織の健全性を保つためにも死活的に重要なのです。
言い換えれば、多様性の欠落した画一的な組織は脆く、さまざまな困難を乗り越えられずに滅びていくリスクが高いということ。本書は、まさにそのことを科学的に検証していく内容です。

「画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織」という副題が示すとおり、全編が広義の「組織論」となっています。
中小企業経営者にとっても、会社を強い組織にするための知恵がちりばめられた一冊なのです。

著者は、オックスフォード大学を首席で卒業したという英国の敏腕ジャーナリスト。数年前には、『失敗の科学』(邦訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン)という著書を22ヶ国でベストセラーにしています。
同書は、失敗を切り口にした組織論でした。失敗から学習する組織と学習できない組織を対比的に論じた内容だったのです。多様性を切り口にした組織論である本書は、その続編ともいうべきものです。

画一的な組織は判断を誤り、失敗しやすい

本書の第1章は、《画一的集団の「死角」》という章題のとおり、多様性を失ったがゆえに重大な判断を誤った事例が紹介されています。

中でも目を引くのは、「9・11」――2001年9月11日の「米同時多発テロ事件」を、なぜCIA(米中央情報局)が防げなかったのかを論じたくだりです。

9・11テロ事件には、その数年前から多くの危険な兆候がありました。
にもかかわらず、CIAはそれらの兆候を過小評価し、まともに取り合わず、本来取るべきだった対策を怠り、防ぐことができたはずのテロを防げなかったのです。それは、CIAの歴史的大失態でした。

《当時のCIAは最高の人材を誇っていた》にもかかわらず、9・11を防げなかったのはなぜか? 優秀な人材揃いでも多様性が欠落しており、視点があまりに画一的だったためだと、著者は結論づけています。

《1947年から2001年まで、CIAの文化には一貫して著しい特徴があった。職員の人種、民族性、性別、社会的な階級などが(アメリカおよび世界のほかの機関に比べて)画一化されていたのだ》

人間には、無意識のバイアスによる盲点が必ずあります。画一的な組織は同じ盲点を共有してしまうので、別の視点から見れば明らかにおかしいことでも、そのことに誰も気付かないという失敗が起こりがちです。
CIAは9・11テロに関して、まさにそのような状態に陥ったのです。

《1998年のある「大統領日報」には、ビンラディンが航空機のハイジャックを計画中であることが記載されていたが、自爆テロの可能性については検討されていなかった。(中略)点はいくつも見えていたのに、多様性に欠けたチームには、それを線でつなげることができなかった》

《多様性の欠如は世界随一の情報機関をも弱体化させた。多様性に富んだ集団なら、アルカイダのみならず世界中の脅威に対してもっと深い洞察力を発揮できただろう。考え方の枠組みや視点の違う人々が集まれば、物事を詳細かつ包括的に判断できる大きな力が生まれる》

本書には言及がありませんが、このくだりを読んで多くの人が思い出すのは、デイヴィッド・ハルバースタムの名作ノンフィクション『ベスト・アンド・ブライテスト』でしょう。

同作は、ケネディ政権とそれを継いだジョンソン政権が、「ベスト・アンド・ブライテスト」(最良の、最も聡明な人々)と呼ばれるほど超優秀なエリート揃いであったにも関わらず、米国をベトナム戦争の泥沼に引きずり込む誤判断をくり返したプロセスを描いています。9・11前のCIAと同様に、彼らは優秀ではあっても画一的すぎたのです。

企業においてもしかり。《どれだけ優秀でも、同じ特徴の者ばかりを集めた多様性に欠けるチームでは、集合知を得られず高いパフォーマンスを発揮できない》のです。

もちろん、取り組む問題が単純なら、組織が画一的でも判断を誤ることはありません。
しかし、現代社会は物事が極めて複雑化しており、先行きの見えにくい「VUCA」な時代です。どちらを選んでいいかわからない難しい判断を、企業でも日常的に求められるでしょう。だからこそ、いまは過去のどの時代にも増して、組織に多様性が必要なのです。

健全な多様性を保つポイント

本書は、組織が健全な多様性を担保するためのポイントが、具体例に即して解説されています。

多様性は、「人口統計学的多様性」(性別・人種・年齢・信仰などの多様性)と「認知的多様性」(考え方や物の見方の多様性)に大別できます。

人口統計学的多様性が豊かであるほうが、認知的多様性も豊かになりやすいでしょう。
しかし、たとえば人種・性別・年齢が多様でも、全員が裕福なよく似た家庭環境で育ち、同じ大学の同じ学部を卒業していたら、認知的多様性は乏しくなります(したがって、大企業にありがちな「学閥」は、多様性の阻害要因となりやすいでしょう)。

組織にとって大切なのは認知的多様性であり、性別や年齢などさえ多様にすればこと足れりとは、必ずしもならないのです。

また、たとえ組織のメンバーが多様であっても、リーダーが支配的・高圧的であったなら、その多様性は宝の持ち腐れとなります。

《支配的なリーダーがいると、ほかのメンバーは本音を言えず、リーダーが聞きたがっていると思うことを発言する。あるいはリーダーの意見をオウム返しに唱える。(中略)
考え方の枠組みはどんどん狭くなる。集団の認知力はリーダー1人の認知力と変わらなくなる》

そうならないためには、社長などのリーダーがいわゆる「心理的安全性」を組織に保ち、自由に意見が言いやすい状態にしておかないといけないのです。

多様性とイノベーションの密接な関係

本書の第4章では、イノベーションが生まれやすい組織にするためにも多様性が重要であることが論じられています。

なぜなら、現代社会では特に、《それまで関連のなかった異分野のアイデアを融合する方法》によって生まれる「融合のイノベーション」が主流になっているからです。

そのような“アイデアの異種交配”を生むためには、組織に認知的多様性がないといけません。《古い慣習や思い込みを、新たな観点から見て疑問を挟むことができる》《「第三者のマインドセット」(アウトサイダー・マインドセット)》の持ち主が組織にいなければ、斬新なアイデアは生まれにくいのです。

《融合が進化の原動力になりつつある現代において、重要な役割を果たすのは、従来の枠組みを飛び越えていける人々だ。異なる分野間の橋渡しができる人々、立ちはだかる壁を不変のもの、破壊不可能なものとは考えない人々が、未来への成長の扉を開いていく》

企業がイノベーションを起こすためにも、組織に多様性が不可欠なのです。

多様性について、科学の視座から多角的に検証していく本書は、秀逸な組織論として、中小企業経営者も必読の内容といえます。何より、読み物としてバツグンに面白い一冊です。

マシュー・サイド著、株式会社トランネット訳(翻訳協力)/ディスカヴァー・トゥエンティワン/2021年6月刊
文/前原政之

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