『理念と経営』WEB記事
巻頭対談
2022年4月号
中小企業こそ「パーパス」を 羅針盤として進め

ケイアンドカンパニー株式会社 代表取締役社長 高岡浩三 氏 ✕ 一橋大学ビジネススクール客員教授 名和高司 氏
コロナ禍によって社会が激変するいまこそ、イノベーションを起こすチャンスだ――。「ネスカフェ アンバサダー」の生みの親・高岡浩三氏と、経営戦略に精通する名和高司教授はこう言い切る。その足掛かりとなるのが「パーパス」である。縦横無尽の語らいから見えてきた、これからの中小企業の闘い方。
なぜいま「パーパス経営」が求められているのか?
――昨年来、日本でも「パーパス経営」という言葉が一種の流行語になっています。そこでまず、ネスレ日本の社長兼CEO(最高経営責任者)としてパーパス経営を実践してこられた高岡さんと、昨年に大著『パーパス経営』(東洋経済新報社)を上梓された名和先生に、「パーパス経営とは何か?」から語っていただければと思います。
名和 「パーパス経営」の「パーパス(Purpose)」は「目的」という意味ですが、経営について言われる場合、日本では「存在意義」と訳されることが多いですね。ただ、それでは堅苦しいので、私は「志」という言葉に置き換えています。
世界的に資本主義が行き詰まりを見せている中、それに代わるものが企業経営にも求められている。それが「パーパス=志」であった……わかりやすく言えばそういうことです。
高岡 パーパス経営について語るには、「CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)経営」についても語らないといけません。二つは密接に結びついていますから。
「CSV」はハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授(経営学者)が提唱した概念で、「社会のニーズや問題に取り組むことで社会的価値を創造し、同時に、経済的価値が創造されるというアプローチ」と定義されます。平たく言えば、企業が社会問題の解決に取り組むことが、企業の成功に直結する時代になってきたということです。たとえば、地球温暖化という一大社会問題があって、企業にはそれに対する配慮が厳しく求められます。配慮しない企業は、もはや市場に相手にされないのです。
名和 その場合の「市場」には、顧客市場・人財市場・金融市場という3つの意味があると思います。つまり、サステナブル(持続可能)でない企業は、これからはお客様に商品やサービスを買ってもらえないし、よい人財も集まらないし、融資や投資の対象から外されてしまうのです。
高岡 そうですね。企業が地球環境によくないことをやっていると、そのこと自体がコンプライアンスに抵触する……先進諸国ではもうそれくらいのイメージになっています。日本企業が考えるコンプライアンスとは、相当距離があると思います。
――従来の「CSR(企業の社会的責任)」は、利益の余剰で取り組むものというイメージでした。いまやそうではなく、企業が社会問題の解決に取り組んでこそ利益が上げられる時代なのですね。
高岡 ええ。だからこそ、未来を見据えて「うちの会社は何のためにあるのか?」という「パーパス」を掲げることも重要になってきたわけです。
名和 私はよく、「サステナブルは規定演技で、パーパスは自由演技だ」という説明をします。企業がサステナブルに配慮することはもはや当たり前で、クリアしないと始まらない。そして、「お宅の会社はサステナブルだから、存在していいよ」と社会から認められたうえで、改めて企業としてどんなパーパスを掲げるかという「自由演技」が評価されるのです。
高岡 わかりやすいです。
名和 私は2014(平成26)年から「CSVフォーラム」を主宰していますが、そのフォーラムでもネスレを「CSVの先駆的企業」として取り上げています。いまは猫も杓子も「SDGs」(持続可能な開発目標)と言いますが、SDGsが世界の共通目標として国連で採択されたのは15(同27)年ですから、CSVのほうがずっと前なんです。
高岡 そうですね。そもそも、CSVが世界に広まったからこそ、国連が動いてSDGsという共通目標が生まれたのです。そして、CSVという概念を提唱したマイケル・ポーターにヒントを与えたのは、じつはネスレで社長・会長を務めたピーター・ブラベック・レッツマットでした。彼が、18年ほど前の世界経済フォーラム「ダボス会議」でポーターに語ったことが、CSVの元になったのです。
名和 CSVの概念自体がネスレ発だったわけですね。そのことは一般にはあまり知られていません。
高岡 当時はまだCSRの概念しかなくて、それだとどうしても「儲からないからやめる」ということになって、永続的な取り組みになりにくい。ゆえに「社会問題の解決に取り組んでこそ、企業の売り上げと利益は増えるんだ」という発想に転換させたいと、ブラベックは願ったのです。
「ネスカフェ アンバサダー」という見事なイノベーション
名和 高岡さんはネスレ日本のCEO時代、インスタントコーヒーの新たな市場を開拓した「ネスカフェ アンバサダー」を大成功させたことで知られています。あれはすごいイノベーションだし、日本におけるCSV経営の代表的事例の一つだと思っています。
ところが、うちの学生たちはピンとこないようなのです。「あれのどこがすごいイノベーションなんですか?」とか、「CSVって社会問題を解決することですよね? 『ネスカフェ アンバサダー』は社会問題と関係ないじゃないですか」と言われてしまう。今日はその疑問を解く話をしたいと思います。
高岡 それにはまず、「イノベーションとは何か?」という話をしないといけませんね。僕にとってのイノベーションの定義は、「顧客が抱える問題の解決から生まれる成果」です。「成果」というのは、製品・サービス・ビジネスモデルのことです。
構成 前原政之
撮影 中村ノブオ
本記事は、月刊『理念と経営』2022年4月号「巻頭対談」から抜粋したものです。
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