『理念と経営』WEB記事

事業を続けるには社長に復帰するしかない!

朝日熱処理工業株式会社 取締役会長 村田 茂 氏

万全を期して臨んだはずの事業承継 。それが創業以来最大の赤字につながり、倒産の危機に……。会長が社長に復帰し、懸命に経営を立て直した。逆境を乗り越え、見事、二度目の承継を果たした軌跡。

親族内承継を否定し、社員を後継者にしたものの……

「金属に魂を入れるのが、我々の仕事です」
朝日熱処理工業の会社案内には、そんな言葉が躍る。金属部品や金型に各種熱処理を施し、強度や耐久性を高める加工を請け負う会社だ。その熱処理技術への評価は高く、「人工衛星から釣り針まで」の広い分野に2400社もの顧客を持つ。

村田茂・現会長が、父親が創業した同社の3代目社長に就任したのは、1990(平成2)年、46歳のとき。その当初から、「だいたい20年社長をやって、65歳をめどに事業承継しよう」と決めていたという。

「僕は取締役時代、倒産危機も経験して借金に苦しんだので、事業承継するときには無借金経営のきれいな状態で渡そうと決意していました」と村田さんは言う。

実際に事業承継したのは、2010(平成22)年、66歳のとき。無借金経営がやっと実現したころのことで、まさに「きれいな状態」で承継できたのだ。後継者のA氏は、村田さんが信頼していた社員だった。

「当時の僕は親族への承継を否定していました。社員たちが、『頑張れば社長になれるかも』という夢を持って働ける会社にしたかったからです。僕には息子と娘が2人ずつおりますが、わが子に継がせる気はありませんでした」

朝日熱処理工業が、人工衛星の部品の熱処理を請け負うようになった立役者がA氏だった。前職は中堅印刷機メーカーの役員で、工場長を務めた経験もあり、力量に期待しての事業承継だった。

ところが、A氏が社長であった4年の間に、倒産寸前の危機に陥ってしまったのだ。

70歳での社長復帰。背中を押したのは妻の一言

急激な業績悪化――。原因は、社長となったA氏の過剰投資と、人員の過剰採用にあった。無借金の状態で事業承継したのに、A氏は銀行から一億数千万円の融資を受け、新しい機械を導入するなどした。A氏を信頼しきっていた村田さんは、当時、会社の銀行印・実印も彼に渡していた。A氏は会長の村田さんに相談することなく融資が受けられたのだ。

取材・文/山路正晃
写真/編集部


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年3月号「逆境!その時、経営者は…」から抜粋したものです。

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