『理念と経営』WEB記事

第4回/『パーパス経営――30年先の視点から現在を考える』

「パーパス経営」の最良の入門書

昨年(2021年)は「パーパス元年」と呼ばれました。「パーパス経営」という言葉が、あらゆるビジネス記事の中に飛び交い、一種の流行語となったのです。

しかし、「『パーパス経営』という言葉の意味がわからない」という中小企業経営者も、いまだに少なくないでしょう。そんな方にオススメしたいのが、今回取り上げる本。
そもそも、日本に「パーパス経営」ブームが起きたきっかけの一つは、昨年5月に刊行された本書なのです。

著者の名和高司氏は、現在、一橋大学ビジネススクールの客員教授として、問題解決、イノベーション、コーポレートガバナンス、DX(デジタル・トランスフォーメーション)、CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)経営などの講座を担当しています。
また、以前には20年間にわたってマッキンゼーのディレクターとしてコンサルティングに従事。現在も社外取締役などの形で、日本のトップ企業各社のアドバイザーを務めています。世界と日本の企業動向を、最前線で知り尽くした経営学者です。

そして、パーパス経営と地続きともいうべき「CSV経営」については、2014(平成26)年から「CSVフォーラム」を主宰するとともに、大著『CSV経営戦略』(東洋経済新報社)をものしています。「パーパス経営」について論ずるには最適の著者なのです。

本書はハードカバー500ページ超えの大著なので、見ただけで「難しそうだな」と敬遠する人もいるかもしれません。
しかし、経営に関心がある人にとっては、けっして難解ではありません。面白いエピソードがちりばめられていますし、著者も読みやすさを意識して随所で工夫をしています。
たとえば、突然『鬼滅の刃』という言葉が出てきたりして、「おっ、読みやすさへの配慮だな」とニヤリとしてしまいました。

これは「パーパス経営」の最良の入門書であり、概説書だと思います。
通常、入門書といえば、「ある分野を学ぶための最初の入り口として、サラっと読める本」というイメージでしょう。薄い新書あたりが、入門書にふさわしいフォーマットなのです。
本書は入門書と呼ぶには内容が濃すぎ、詳細すぎるかもしれません。それでもあえて、「パーパス経営」について知りたい人には、一冊目からこれに挑戦していただきたいと思います。私自身、本書を読了して初めて、「パーパス経営ってそういうことか」という“腹落ち感”があったからです。

「資本主義」から「志本主義」への転換

「パーパス(Purpose)」は「目的」を意味しますが、経営について言われる場合、日本では「存在意義」と訳されるのが一般的です。しかし、著者は「はじめに」で、「それはいかにも理屈っぽすぎて、よそよそしい」として、「志」という言葉に置き換えています。

パーパスとは、一言で言えば「ミッション/ビジョン/バリュー」の上位概念であり(ただし、「ミッション」の一部と捉える論者も少なくない)、「この会社は何のために存在するのか?」「この会社の経営を通じて、社会にとって価値のあることをしたい」という信念を意味しています。
たしかに、「志」の一語に置き換えるとしっくりきます。

そして、著者はパーパスを基軸とした経営を「志本経営」と呼び、「志本経営」を実践する企業が主流となった未来の経済体制を「志本主義(パーパシズム)」と名付けました。
本書の表紙に書かれた英字タイトルも、「"Purposism" beyond Capitalism(=資本主義を超える志本主義)」です。

近年、資本主義の行き詰まりと終焉が叫ばれるなか、“資本主義に代わるもの”が待望されています。著者はそれを「志本主義」の中に見いだしているわけです。

日本企業に熱いエールを送る書

全4部構成の本書で、著者はまず、第Ⅰ部を丸ごと割いて、「志本経営」とは何かを解説していきます。《資本主義の終焉から志本主義の誕生のプロセスを紐解くとともに、日本独自の価値観の系譜をたどる》のです。

著者は、「パーパス」に相当する考え方は、昔から日本企業が強く持っていたと言います。「日本資本主義の父」渋沢栄一が提唱した「論語と算盤」の「合本主義」こそ、じつは「志本主義の原点」なのだ、と……。
また、さらに遡って、近江商人の「三方よし」や、武士道や日本仏教としての禅などの中に、志本主義の源流ともいうべき思想をたどっていきます。

だからこそ、世界経済が志本主義へとシフトしつつあるいま、《日本企業が世界の舞台で、志本経営のトップランナーに躍り出ることも夢ではないはずだ》(「おわりに」)と、著者は言います。
ただしそれは、“パーパス経営の時代だから、自動的に日本企業が世界の主役になる”というような甘い話ではありません。

著者は本書で、平成に入ってから日本企業の多くがアメリカ流の株主資本主義に迎合し、本来の美徳を封印してしまった姿を、筆鋒鋭く批判しています。
また、「SDGs」(持続可能な開発目標)への取り組みについても、日本企業の多くが「17の目標」に自社を当てはめようと汲々とするばかりで、独自のパーパスを積極的に打ち出す姿勢に乏しいことに、失望を隠しません。

日本企業のポテンシャルに大いに期待する一方、「志本経営のトップランナー」になるためには欠けているものが多いと、著者は考えているのです。

本書の第Ⅲ部では志本経営を実践するうえでの課題が解説されますが、そこでは日本企業の弱み(DX化の深刻な遅れなど)が随所で指摘されます。
さらに、最後の第Ⅳ部「日本企業への提言」も、「失われた30年」の背景要因を分析するとともに、《どうすれば日本企業が崇高な志を取り戻すことができるか》を展望した内容です。

そのように、本書は来たるべき志本主義時代に向けて、日本企業に叱咤激励の熱いエールを送る書でもあるのです。

また、その間の第Ⅱ部「志本経営企業の群像」では、パーパス経営の先進事例を、海外企業と日本企業に分けて紹介。海外ではネスレ、ユニリーバ、ノボ・ノルディスク、タタグループなどが、国内ではファーストリテイリング、竹中工務店、カインズ、堀場製作所などが取り上げられています。

人類史を鳥瞰する哲学書でもある

《本書は、コロナ禍の下、半年間のリモートワーク生活で書き上げたものである。このエアポケットのような日常の中で、古今東西の名著をじっくり読み返す機会が持てたことは、想定外の幸運だった。先が見えないときにこそ、温故知新である》(「おわりに」)

この言葉が示すように、本書には古今東西の名著からの引用がちりばめられています。
第4章「日本流再考」を例に取れば、宮本武蔵『五輪書』、新渡戸稲造『武士道』、西田幾多郎『善の研究』、福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、アーサー・ケストラー『ホロン革命』など、多彩な名著が縦横に引用され、論が展開されるのです。
「あれ、これって経営書だったよな?」と、読みながら戸惑うほどですが、それはテーマからの脱線ではなく、パーパス経営を論ずるために不可欠な言及なのでしょう。

目先のことしか考えず、耳慣れない横文字を連発して読者を煙に巻く経営書も多い昨今――。そのなかにあって本書は、人類史全体を鳥瞰したうえで経営の未来像について深く思索する、稀有な内容なのです。

つまり、本書は経営書であると同時に哲学書でもあります。優れた経営学者は哲学者でもあるのだと、改めて感じさせる渾身の大著です。

なお、『理念と経営』本年4月号(3月21日発売予定)には、著者の名和高司教授と、パーパス経営を実践してきた高岡浩三氏(ネスレ日本元社長兼CEO)による巻頭対談が掲載されます。
対談のテーマは、もちろんパーパス経営です。そちらもぜひお読みください。

名和高司著/東洋経済新報社/2021年5月刊
文/前原政之

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