『理念と経営』WEB記事
特集1
2022年2月号
師匠は言葉ではなく、背中で教えてくれた

落語家 立川志の春 氏
江戸時代から続く日本の伝統的な話芸「落語」。その師弟関係は極めて特殊だが、上司と部下を超えた深い絆で結び付いている。
立川志の輔一門の三番弟子・立川志の春氏は、志の輔師匠からどのように育てられてきたのだろうか?
弟子の最初の仕事は、“師匠を快適にする”こと
――三井物産から立川志の輔師匠に弟子入り。そこまで惹かれたのは何だったのでしょう。
志の春 アメリカの大学に行って、自分の生まれ故郷の日本を知らないことに気がついて、いろいろ見に行っていたんです。そんな中で、ガツンと頭を殴られるような衝撃を受けたのが、師匠の落語でした。
立川志の輔という人がどんな人なのか、そういう事前情報も何もなく、落語を初めて見たんですね。語り始めた瞬間から会場が惹きつけられて、噺の世界の中に引きずり込まれて。このしゃべりの引力は、世界に誇れるものだと思いました。
——―弟子入りを認められましたが、求められたのは“師匠を快適にする”こと。ここで、ずいぶん苦労されたそうですね。
志の春 自分の快適が、人の快適とは限らないわけです。人は人、自分は自分という文化の中で育ってきたので、人に合わせていくことの難しさを痛感させられました。しかも、気遣いとは何か、なんてマニュアルがあるわけでもない。何故しくじっているのかを自分で掘り下げて考えてみないと永遠にしくじり続けるだけです。
ただ、そのうち師匠の微妙な行動の変化で先回りして考えられるようになりました。言葉ではないコミュニケーションができるようになっていった。のちに気づいたのは、落語家にはまさにこの力が必要になるのだということでした。会場では自分でアンテナを張り巡らせ、お客さんとキャッチボールをする中で感じていることをうまく汲み取って、快適にしなくてはならないんですから。
――3、4年で修業を終える人が多い中、二つ目に昇進するまでに8年かかりました。
志の春 頭で納得するまで体が動かないタイプで、師匠には迷惑をかけました。「出てけ!」と言われたことも何度もありました。でも出て行きもしない。本当によく辛抱してくれたと思います。
ただ、だんだんわかっていったのが、師匠にとっては弟子は実際は邪魔な存在なんだ、ということなんです。いないほうが気がラク。なのにそばに置いてくれている。つまり、そもそもマイナスなんだから、せめてゼロまで持っていこうと。だいたい、ヒントを与えず待っているほうが、師匠もつらいわけですから。説明したほうが早い。私自身が気付くまで待ってもらえたことに感謝しています。
志の春氏の二つ目昇進記念の会。志の輔師匠が十八番の演目「新・八五郎出世」を披露し、会場のお客さんを笑いの渦に巻き込んだことが嬉しく、気合いを入れ直した瞬間だったという
取材・文/上阪徹
写真提供/立川志の春事務局
本記事は、月刊『理念と経営』2022年2月号「特集1」から抜粋したものです。
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