『理念と経営』WEB記事
逆境!その時、経営者は…
2022年2月号
社員たちとの絆が大きな力になった

株式会社テルズ&クイーン 代表取締役社長 鈴木一輝 氏
13億円の負債を抱え、倒産危機に陥った同社。その困難を跳ね除けたのは、「一緒に働く仲間を置いて自分だけ逃げられない」と社長を引き受けた鈴木氏の思いと、6代目社長についていくという全社員の覚悟だった――。
“沈みゆく泥船”から下りる者はいなかった
石川県金沢市に本社を構えるテルズ&クイーン(2019年までの社名は「イマージュ」)は、エステティックサロン「シェアラ(SHARER)」を、東海・北陸エリアで一一店舗展開している会社だ。
市場の停滞が長引くエステ業界にあって、順風満帆の成長を続ける同社だが、つい12年ほど前には倒産の瀬戸際にあった。2010(平成22)年、投資の失敗などから負債が13億円に膨らみ、「デフォルト」(債務不履行)に陥ったのである。現在の鈴木一輝社長が就任したのは、まさにそのときだった。
「当時のうちの会社は、まるで沈みゆく泥船でした。普通、そんな会社の社長を引き受けないですよね」
鈴木さんの入社は2002(同14)年。元高校球児で、甲子園にも行った鈴木さんには、チーム作りの才覚があった。鈴木さんが担当したエリアの売り上げが急増し、離職率も下がった。そのことで認められ、どんどん職責が上がっていった。10年の倒産危機の際は、常務取締役という立場だった。
「取締役といっても、経営にはタッチしていなくて、現場の最高責任者というイメージでした。僕が社長を引き受けたのも、自分で作り上げた組織だからです。現場のエステティシャンや店長は、みんな部下であり仲間でした。だから、僕1人だけ泥船から下りる気にはなれなかったんです。『前経営陣は、株式を放棄して、今後一切会社に関わりを持たないこと』を条件に、6代目の社長を引き受けました」
社長就任直後、全社員を集め、厳しい現状を包み隠さず話した。「当面は、給与を20%カットせざるを得ない。だから、辞めたい人は辞めてもらっていいし、そのことで責めたり恨んだりは一切しない」と……。
だが、約100名の社員は1人も辞めなかった。全員が、「共に泥船に乗る覚悟」を決めてくれたのだ。
「あとでみんなに、『どうしてあのとき辞めなかったの?』と聞いたら、異口同音に、『鈴木さんが社長をやると決意してくれたのに、一緒にやってきた私たちが抜けるわけにはいかないと思ったからです』と言ってくれました」
大きなマイナスからの再出発の中、社員たちと社長の心の絆だけが、かけがえのない財産だった。
「素敵なお母さんづくり」を徹底し、奇跡のV字回復へ
じつは鈴木社長は、就任に当たって「会社が再建できるとは思っていなかった」という。
「敗戦処理投手としてマウンドに立つ気分でした。負ける(=倒産する)に決まっているけど、どうせなら全力で戦って負けよう……そんな思いだったのです」
そう思ったのは、負債に加えて売り上げの急落もあったからだ。ピーク時には18億円あった売り上げが、社長就任当時には11億円にまで下がっていた。
だが、鈴木社長の就任によって社員の心が一つになった結果、売り上げは少しずつ回復していった。そして、社長就任から五年を経た2015(平成27)年、せきを切ったような売り上げの急伸が訪れる。
「その頃までに、13億円あった負債を4億円にまで減らしました。5年間で9億円返済できたのです」
奇跡的なV字回復の要因として、鈴木社長は「ビジョンを明確に打ち出したこと」「社員教育に力を入れたこと」「物販に力を入れたこと」の3つを挙げる。
「ビジョン」とは、「素敵なお母さんづくり」という企業理念を指す。その理念自体は創業時からあったものの、形骸化していた。鈴木社長が就任してから、本気で取り組み始めたのだ。
鈴木社長は、9歳のときに実母が蒸発。その1年後に父親と再婚した継母とも馴染めず、長い間「お母さん」と呼べなかったという。母のぬくもりを知らずに育ったからこそ、経営者として「素敵なお母さんづくり」に真剣に取り組んでいるのだ。
「母のいない寂しさを、誰よりも知っているのは僕です。だからこそ、この会社で1人でも多くの素敵なお母さんをつくり、寂しい子どもを減らすことが、僕に与えられた使命だと思っています。そのために僕はエステ業界に導かれたんだな、と……」
ほぼ全員が女性の社員たちを「素敵なお母さん」にするための取り組みは、さまざまある。たとえば、家族を大切にすることが「素敵なお母さん」の要件だからこそ、子育て中の社員がお子さんのために早退や休みを取りやすい組織にしている。また、親への感謝を忘れないでほしいとの思いから、「感謝休暇」という制度もある。自分の誕生日月に、「産んでくれた両親に感謝を伝える」ための休暇を取れるというものだ。
2つ目の「社員教育に力を入れたこと」の一例として、毎日1時間の「早朝勉強会」がある。
「販売や接客についてではなく、僕が大切にしている物事の捉え方、考え方を学ぶ勉強会です。それが『素敵なお母さんづくり』の柱になっていますし、みんなが価値観を共有するための場でもあります」
社員が一つの価値観を共有するとき、そこに大きな力が生まれる。鈴木社長は、幹部時代の組織作りを通じてそのことを思い知った。だからこそ、社長就任と同時に、成果主義だった会社を理念浸透型経営に転換し、価値観の共有を重んじてきたのだ。
取材・文/前原政之
写真提供/株式会社テルズ&クイーン
本記事は、月刊『理念と経営』2022年2月号「逆境!その時、経営者は…」から抜粋したものです。
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