『理念と経営』WEB記事

第1回/『人類とイノベーション――世界は「自由」と「失敗」で進化する』

世界的ビジョナリーが解き明かすイノベーションの本質

ウェブ独自記事として、『理念と経営』編集長の私が読んだ「中小企業経営のヒントになる本」を、毎週一冊ずつ紹介していくことになりました。

経営学者が書いた一般書、経営者の評伝などの「経営書」も、もちろん取り上げます。が、狭義の経営書に限らず、ノンフィクションや小説などの幅広い本も、経営者にとって学びになると思えば、どんどん取り上げていきます。

また、基本的には新刊、もしくは一年以内に発刊された近刊を取り上げますが、時にはもう少し古い本も取り上げます。

第1回に選んだのは、私が昨年(2021年)読んだ中で五指に入るほど面白かった本、『人類とイノベーション』です。

著者のマット・リドレーは、英オックスフォード大学で博士号を得た本格派サイエンス・ライター。一ライターの枠を越え、世界的な「科学・経済啓蒙家」、「ビジョナリー」(先見の明のある人)の一人に数えられています。
《ビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者)やマーク・ザッカーバーグ(フェイスブック創業者)らビジネスリーダーの世界観に影響を与えたビジョナリーとして知られる》(本書の著者略歴より)人物なのです。

私もこれまで、マット・リドレーの著作を数多く読んできました。
彼は私の心の中で、ジャレド・ダイアモンドやユヴァル・ノア・ハラリ、スティーヴン・ピンカーと同じ棚に並んでいます。その棚には、「新しい世界の見方を提示する賢者たち」という表示札がついているのです。

そのリドレーの最新作である本書は、タイトルのとおり、人類史の中のさまざまなイノベーションを振り返り、イノベーションの本質を抽出していく内容です。

イノベーションは中小企業から生まれやすい?

本書の前半(1~7章)は、歴史上の代表的イノベーションの事例集。
サイエンス・ライターとしての練達の筆で、古今東西のイノベーション事例が魅力的なストーリーとして展開されていくのです。

「エネルギーのイノベーション」(1章)、「輸送のイノベーション」(3章)、「食料のイノベーション」(4章)など、章ごとに一分野のイノベーション史をたどっています。
日本の事例も多数登場しますし、読み物としてもバツグンの面白さです。

そして後半では、前半の事例集を踏まえて、いよいよイノベーションの本質に迫っていきます。
《イノベーションとは結局のところ何なのか? なぜ、どのように起きるのか? 私たちに何をもたらすのか?》(本書カバー袖の惹句より)が、明快に解き明かされていくのです。

ビジネスの世界では、「イノベーション」という言葉が日常的に飛び交います。しかしその実、イノベーションの本質についての無理解や誤解も多いように思います。

たとえば、代表的な誤解として、「発明」(インベンション)との混同が挙げられます。発明がイノベーションに結びつくことはあっても、“発明即イノベーション” ではありません。

また、我々はとかく、イノベーションが “一握りの天才の突然のひらめき” から生まれると考えがちですが、本書はそれをくり返し否定しています。
《イノベーションはゆるやかな連続プロセス》(280ページ)であり、《チームスポーツ》(298ページ)であって、多くの人々が関わり、失敗や試行錯誤を重ねるなかで、長い時間をかけて生まれるというのです。

そして、著者は《イノベーションはしばしば門外漢からもたらされる》ものであり、《大企業はイノベーションが下手》(341ページ)だと指摘しています。

《なぜ大企業はイノベーションが下手かというと、官僚的で、現状での既得権が大きく、顧客の関心や実態や可能性に注意を払うのをやめるからだ》(342ページ)

大企業からはイノベーションが起こりにくいことは、クレイトン・クリステンセンも名著『イノベーションのジレンマ』の中で指摘していました。本書はそのことを別の角度から指摘しているのです。

これは、中小企業経営者にとっては希望となるでしょう。「中小企業はイノベーションが起きやすい」とまでは言えないにせよ、少なくとも、イノベーションについては中小企業も大企業と対等に伍せるのです。

本書はビジネス書とは言えませんが、中小企業がイノベーションを起こすためのヒントを、読者は多く得ることができるでしょう。

マット・リドレー著、大田直子訳/ニューズピックス/2021年3月刊
文/前原政之

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