『理念と経営』WEB記事

「古木」が生み出す、新しい“経済圏”

株式会社山翠舎(さんすいしゃ) 代表取締役社長 山上浩明 氏

先代から受け継いだ経営資源を活かし、後継者が新事業を生み出すケースは少なくない。山翠舎が取り組む「古木事業」は、まさに事業承継を機に後継者がつくり出した新事業。ビジネスの種は足元にあるということを教えてくれる事例である。

年月の積み重ねによって生まれる“味わい“

長野駅から車で15分ほど、近くに千曲川の流れる郊外の一角に、「古木」というテーマを事業の柱に据える会社がある。山翠舎――1930(昭和5)年創業の老舗でありながら、色濃いベンチャー精神を感じさせる企業だ。

本社を訪れると、古い木の香りが漂ってくるようだった。一階は数名の職人が木材を加工している工場、2階には年季を感じさせる戸板や蔵戸が所狭しと収められている。オフィスのそこかしこで最新のIT機器が使われており、心安らぐ素朴さと先進さが同居している。同社はこうした古材(こざい)を「古木(こぼく)」と呼び、離れの主要倉庫には5000本もの在庫を確保している。


山翠舎の事業の核である「古木」は、もとは全て古民家に使用されていたものだ。江戸時代に建てられた家屋の材木も多く、年月の積み重ねによってしか醸し出せない味わいがある。解体や移築の際に買い取ったそれらを、彼らは飲食店やオフィス向けに加工し、施工や提案。さらには自らデザインした物件を活用し、飲食店向け開業支援まで行う、いわば、材料の調達からコンサルティングまでをカバーする「古木」の総合建設会社なのである。

「古い木を買うということは、時間を買うということなんですよ」

社長の山上浩明さんが朗らかに言った。

「いまは取引先の6割が飲食店ですが、オフィスや旅館なども徐々に増えています。最近は東京の創業400年の呉服屋さん、設立して間もないベンチャー企業という両極端の会社の店舗やオフィスを手がけました。お店やオフィスの中で『時間』を表現したい――そうしたニーズはさまざまな場所にあるんです」

創業90年を超える同社が「古木」事業を始めたのは、2006(平成18)年のことだ。もともと「家業」を継ぐつもりはなかった、と山上さんは言う。市内の進学校を卒業後は東京理科大学で経営工学を学び、一度は急速な成長段階にあったソフトバンクに就職。米シスコシステムズのネットワーク機器を売る営業マンとして、社長賞を受けるほどの成績を収めていた。

「ただ、ソフトバンクが回線ビジネスを始めると、ビジネスの主体が『1万人の契約のために500人を切り捨てる』といった発想にどうしてもなってくるわけです。1対1の関係をいつも重視してきた私には、その雰囲気がどうにも合わなくて……。そんなとき、子どもの頃にお世話になった地元の職人さんたちに、何か貢献できるような仕事がしたいな、と思ったんです」祖父は建具職人で、実家の前は木工所だった。2代目社長(現会長)の父親・建夫さんは事業を拡大し、ピーク時には12億円の売り上げを誇る地元建築会社に同社を成長させた。

「親父は長野市に初めてできたハンバーガーショップやファミレスの施工もしていて、現場での武勇伝を聞くたびに『かっこいいなあ』と感じてもいました」

だが、取引先や職人と丁々発止のやり取りもある建設業界である。最初は建夫さんも「やめておけ」と反対した。それでも諦めきれず、「3度断られて、ようやく入社させてもらったんです」と山上さんは笑う。

取材・文 稲泉 連
写真提供 株式会社山翠舎


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年2月号「スタートアップ物語」から抜粋したものです。

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