『理念と経営』WEB記事

「不易流行」「特色経営」を貫く、 老舗の知恵に学ぶ

井村屋グループ株式会社 代表取締役会長 浅田剛夫 氏  ✕ 作家 山本一力 氏

創業者である井村二郎氏から受けた薫陶を胸に、井村屋グループを成長・発展させてきた浅田剛夫会長の根底には、チャレンジを恐れないイノベーターとしての矜持がある。義理人情溢れる人間模様を描き続けてきた直木賞作家の山本一力氏が、井村屋経営の神髄に迫る。

あずき中心の歩みの背景に、たゆまぬイノベーション

山本 じつは私、土佐人なのに酒がまったく飲めなくて、大の甘党なんですよ。とくにあずきは大好物で、御社の「ゆであずき」の缶詰(1962年発売)は、子ども時代の私にとって福音でした。「こんなにうまいものがあるのか」と……。それ以来、御社の商品とは縁が深いのです。

浅田 ありがとうございます。わが社は今年で創業125年、会社設立からは75年になります。最初の50年間ほどは(創業家である井村家の)ファミリービジネスでした。現在は海外にも大きく展開するグループ会社となって、幅広い分野に進出しています。長い歴史の間に大きく変わってきたわけですが、それでも、基軸となる原料があずきであることは、昔もいまも変わりません。ようかんから始まった会社であり、いまもラインナップの中にあずきを使った商品が非常に多いですから……。あずきは身体にもいいので、ぜひこれからもお召し上がりください(笑)。

――御社の代表的商品「あずきバー」は、発売が1973(昭和48)年ですから、半世紀近いロングセラーですね。

浅田 ちなみに、「あずきバー」1本には、約100粒のあずきが入っています。

山本 驚きです。そんなに入っているとは思いませんでした。

浅田 使っているあずきの多さもおいしさの秘密の一つですが、「あずきバー」はそれ以外にも試行錯誤を繰り返して、少しずつ進化しています。たとえば、2018(平成30)年には、世の健康志向の高まりに合わせて、あずきと砂糖を有機原料に変えた「オーガニックあずきバー」も発売しました。

山本 あずき中心の歩みの背景に、たゆまぬイノベーションがあるのですね。

浅田 はい。もう一つ例を挙げますと、うちのヒット商品の一つに「お赤飯の素」のレトルト食品があります。赤飯を炊くのも意外と難しいものですが、この商品を煮汁ごと炊飯器に入れて普通にご飯を炊くと、ちゃんと赤飯になるんです。誰でも失敗せずに赤飯が作れます。

山本 えっ? 普通の白米でですか?

浅田 ええ。もち粉などの成分が配合されているので、普通のうるち米でも赤飯特有のもちっとした食感になります。

山本 私は赤飯も好きですから、すぐに買って試してみます(笑)。そのように、伝統の中にイノベーションを取り入れていくDNAが、御社に一貫して流れているようですね。

浅田 とくに、創業者である井村二郎(1915―2011)は、大変なイノベーターでした。二郎は私にとって第一のメンター(師匠)で、その経営哲学はいまも私の指針になっています。

山本 「あずきバー」も二郎氏の一言から生まれたとか。

浅田 はい。〝和菓子だけではいずれ先細るから、新分野に挑戦しないといけない〟と考えた創業者は、アイスクリーム業界を選びました。しかし、開発メンバーには当初、「アイスクリームの新商品を作れ」としか命じていなかったのです。彼らは、「アイスクリームといえばバニラだ」という固定観念にとらわれていました。その分野ではとても先行メーカーに勝てないと悩んでいたときに、二郎が言ったのが「うちにはあずきがあるやろう」という一言だったのです。

山本 その一言が固定観念を破るヒントになったと……。

浅田 ええ。うちは創業以来ずっとあずき中心に歩んできましたから、アイスクリームという新分野に挑戦するにあたっても、なぜその伝統を生かすことを考えないのかと、創業者は不思議だったのでしょうね。

――二郎氏は、「不易流行」(元は松尾芭蕉の言葉)と「特色経営」を経営哲学の根幹に据えていたそうですね。不易(いつまでも変わらないもの)の中に流行(変化していくもの)を取り入れることと、会社の持つ特色を生かすこと……その2つを重視する経営の真骨頂が、あずきバーである気がします。

浅田 そうですね。守るべき伝統はしっかり守りつつ、新しいことへの挑戦を恐れないことを、わが社はずっと重んじてきました。

「特色経営」の根幹は、「もうひとひねりしろ」の心

山本 井村屋さんといえば、あずきバーと並ぶ代表的商品に「肉まん・あんまん」がありますね。私が生まれ育った高知では、「豚まん」とは言っても「肉まん」とはあまり言いませんでした。なぜ「肉まん」だったのでしょう?

浅田 とくに関西圏では「豚まん」という言い方が主流だったので、井村二郎が差別化のために「肉まん」と名付けた面があります。また、中身も従来の豚まんとは違うんです。山本さん、子どものころには豚まんに醤油をつけて食べていませんでした?

山本 そうですね。

浅田 それまでの豚まんは醤油をつけて食べるものだったのに対して、うちの肉まんは味つけにこだわって、何もつけなくても食べられるものにしたんです。

山本 なるほど。そこにも不易流行・特色経営の精神が生かされていたんですね。

浅田 はい。特色経営の精神を別の言葉で言い換えれば、「もうひとひねりしろよ」ということです。人気のある市場を狙うのは良いことですが、特色がないと埋没してしまう。だから、その市場の中でキラリと光る特色を打ち出さないといけない。あずきバーも肉まんも、まさに大きな市場の中でわが社ならではの特色を打ち出して成功したのです。

山本 特色経営を重んじる企業文化を守るために、どんな工夫をされていますか?

浅田 一例を挙げると、開発メンバーが商品開発のプロセスを書く書類には、特色を書く欄があります。「この商品の特色は何か?」を明確にしたうえで開発を進めることが、大原則として共有されているのです。

山本 井村二郎氏のアイデアから生まれた大ヒット商品が多いように、トップダウンで降りてきたアイデアを、開発メンバーが形にしていくケースが多いのですか?

浅田 これまでそういうケースが多かったのは事実ですが、私が大変うれしく思うのは、最近は開発メンバーが自ら考えたヒット商品が増えていることです。しかも、その多くが女性社員のアイデアから生まれています。何しろ、うちはいま、開発部門の約50%が女性ですから。

構成 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年2月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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