『理念と経営』WEB記事

常識のフイを突け! 成長の原動力は独創性にある

トラスコ中山株式会社 代表取締役社長 中山哲也 氏 × 株式会社シナ・コーポレーション 代表取締役 遠藤 功 氏

機械・作業工具卸し大手のトラスコ中山。50万を超える在庫アイテムを保有しながらも順調に業績を伸ばし続け、「在庫は悪」という業界の常識を覆した。中山社長が掲げる「独創経営」の根底には入社2年目に経験した現場での経験があった。

「在庫は『悪』ではない」は、現場でつかんだ哲学

遠藤 中山社長は、業界の常識を覆す「独創経営」で知られます。中でも有名なのが、「在庫はできるだけ持つな」という常識を打ち破った点です。まずはその点から伺えればと思います。

中山 まず、「独創経営」についてですが、私は企業を成長させる原動力は独創力だと思っています。他社と同じことばかりやっていたら成長するわけがない。いろんな面で独創的なアイデアを出すことが、経営者にとって大切なのですね。私はそのことを、「常識のフイを突く」という言葉で表現しています。

 いい例が在庫です。「在庫を少なくすることがいかに大切か」ということは、大学でも叩き込まれた話でした。ところが、実際に社会に出て仕事をしてみたら、むしろ在庫の大切さがわかってきたんですね。

遠藤 なるほど。

中山 特に、私にとって大きかったのは、入社2年目に配送業務をしていたころの経験です。お客様のところに配達に行ったら、そこの親父さん(社長)が「中山くん、それ待ってたんや! おおきに、おおきに」と、すごく喜んでくださったんですね。在庫をきちんと持って届けることと、配達を人任せにせず自社で行うことの大切さを、私は現場で思い知ったのです。

 それが私の、在庫を大事にし、物流に力を入れてきた経営の原点になっています。

遠藤 経営学の教科書からではなく、現場での実体験から生まれた発想なのですね。現場目線、特にお客様目線からの発想が、中山社長の「独創経営」の根本になっている印象を受けます。

中山 おっしゃるとおりです。一般に、小売業や私どものような卸売業では「在庫回転率」が重視されますね。でも、私は在庫回転率なんてどうでもいいと思っています。なぜなら、在庫回転率は〝自社目線〟の数字であって、お客様にとっては何の意味もメリットもないからです。

遠藤 確かに、「経営効率を高めよう」ということばかりに目が向いていて、お客様目線が欠落している面がありますね。「自分たちの効率だけが高まればいい」という発想になってしまっている。「在庫は悪」もそうで、経理や財務面からの発想なんですね。「在庫は一銭の価値も生み出さない」と、私も若いころからさんざん言われてきました。その目線から見ると、在庫を大量に抱えることは「お金が泣いている」ように見えてしまう。でも、お客様目線から見たらまったく違う景色なはずですよね。

中山 ええ。お客様にとっては、豊富に在庫を抱えていて、注文すればすぐに届けてくれる会社のほうがよいに決まっています。ですから、弊社が在庫回転率の代わりに重視しているのは、「在庫出荷率」――ご注文品を在庫から出荷して即納対応できた割合です。

遠藤 資料を拝見して、御社の在庫出荷率が現在91%もあるということに驚きました。

中山 在庫出荷率は、2009(平成21)年の段階では78・7%でした。それ以前はもっと低かった。企業努力を積み重ねて、いまの状態にまで高めてきたのです。

遠藤 その高い在庫出荷率を支えているのが、50万に届きそうな膨大な在庫アイテム数ですね。

中山 はい。日本でも有数の在庫を保有している企業だと思います。

遠藤 御社はプロツール(工場用副資材)の専門商社ですから、標準品を品揃えするだけでも大変だと思うのですが……。

中山 そうですね。作業工具のモンキレンチを例にとると、国内外20社くらいのメーカーと取引があったとします。普通はよく売れるメーカー、売れ筋のサイズだけを在庫で持ちますが、弊社の場合、20社すべての各サイズのモンキレンチを在庫しています。同サイズのモンキレンチでも、職人さんによって好みもあって、「A社のじゃないとダメだ」という人もいます。それに、あるメーカーの品が不測の事態で出荷不能になったとしても、別メーカーの品でカバーできます。

売れ筋だけを在庫するのではなく、置けるものは全部置くのが弊社のやり方です。メーカーは、基本的にはニーズがない製品は作りません。必要とする人がいるから製品を作るのです。だからこそ、たとえ少数でもニーズがあるなら、それにお応えできるように用意しておこうという発想です。

遠藤 メーカーから見れば、御社が「メーカーに代わって在庫を持ってくれている」という面もある。いわば、日本のプロツール業界のサプライチェーン(供給連鎖)の、全体最適を担保する役割を担っているのが御社なのですね。

中山 いえいえ、業界全体のバランスを取るほどの力はありません。ただ、日本の製造業に対するクイックデリバリーを、ある程度は弊社が担保したいと考えています。

ライバル企業がお客様になり、
社員の残業も大幅に減った

遠藤 在庫が豊富なほうがお客様は喜ぶのはわかりますが、その一方で、大量の在庫を抱えるリスクはやはり大きいと思いますが……。

中山 はい。ある程度のリスクは覚悟の上でした。ただ、弊社は業界最後発でしたから、歴史のある先行企業と同じやり方をしても絶対に追いつけないと思ったのです。少しでも追いつくためには独自の価値を持たないといけない。それは何かと考えて出した結論が、必要な商品を早く確実にお届けすることの徹底追求でした。そして、在庫をどんどん拡充していったとき、私自身も予想していなかった大きなメリットが生まれました。

遠藤 「在庫を増やしたら残業が減った」というエピソードを御社の記事で拝見して、驚きました。

中山 ええ。どういうことかというと、在庫がない商品は社員がメーカーに発注して取り寄せないといけないので、人手がかかります。逆に、在庫がある商品についてはシステム受注ができるので、人手がかからないのです。だから、在庫が豊富になればなるほど残業が減りました。以前はブラック企業だった弊社がホワイト企業になれた要因も、そこにあったのです。

遠藤 それ以外の、在庫を増やしたことで生じたメリットは?

中山 プロツールの世界でもEC(ネット通販)がどんどん拡大していて、弊社も売り上げの2割くらいがECですが、その流れの中でも在庫が豊富であることは大きな武器になっています。

遠藤 なるほど。

中山 EC以外でも、ライバル企業の代理店からの注文が増えています。なぜかというと、ある大手メーカーの製品を、売れ筋以外もすべて揃えているからです。代理店がメーカーに注文すると、「バラ売りはできません」とか「送料がかかります」と言われてしまう。でも、弊社ならバラ売りもするし送料もかからないということで、弊社に注文してくるのです。そうした同業他社からの注文も、かなり大きな金額になっています。

遠藤 そういうお話を聞くと、ますます「在庫は悪」というのが誤った先入観に思えてきます。

中山 そもそも、「あの会社は在庫回転率を高めたことによって急成長した」なんて話は聞いたことがありません。お客様目線からの発想がないと、世間でよいと言われている経営手法を取り入れても、机上の空論に終わる気がします。

遠藤 しかも御社の場合、お客様目線での販売・物流の仕組みをさらに進化させていますね。「MRO(副資材)ストッカー」という新たなサービスも、大きな話題を呼んでいます。

中山 「MROストッカー」は「富山の置き薬」から着想したもので、「置き工具」と呼んでいます。ユーザー様の工場内に棚を設置させてもらって、そこに弊社の在庫として商品を置いて、使った分だけ料金を請求させてもらうというサービスです。

遠藤 そのストッカーには何アイテムくらい置かれるんですか?

中山 基本的には、お客様が「置いてくれ」と指定された商品を置きます。なので、アイテム数もまちまちです。

遠藤 私も大手電機メーカーに勤めていたころに名古屋の工場にいましたので、現場からすぐ手配しろと指示されたものを、よく販売会社まで自分で取りに行きました。当時、MROストッカーのようなものがあったら、さぞ便利だったろうと思います。

中山 置かれる工場の方からすれば、何のリスクもないし、メリットしかないはずです。「置く場所がないよ」と否定的な見方をされることもないではないですが、少数派です。

遠藤 いま、MROストッカーはどれくらいの企業が導入されているんですか?

中山 いまの導入件数は170件くらいですが、検討中の得意先も多いので、急速に普及していくと考えています。

遠藤 現場の人たちとしては、「よくぞこういう仕組みを考えてくれた」という感じだと思います。急に必要になった消耗品が、発注する手間や待つ必要もなく手に入るのですから。


構成 前原政之
撮影 中村ノブオ


この記事の続きを見たい方
バックナンバーはこちら

本記事は、月刊『理念と経営』2022年1月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

理念と経営にご興味がある方へ

SNSでシェアする

無料メールマガジン

メールアドレスを登録していただくと、
定期的にメルマガ『理念と経営News』を配信いたします。

お問い合わせ

購読に関するお問い合わせなど、
お気軽にご連絡ください。