『理念と経営』WEB記事

「情報共有」なくして、“働きがい”は生まれない

NPO法人アジア中小企業協力機構理事長 黒瀬直宏 氏

「人材育成」は中小企業にとって大きな課題だ。長年にわたり多くの中小企業を見てきた研究者としての経験をもとに、「人が育つ会社」に共通する特徴とその実践策を語ってもらう。

情報を共有すれば社員は主体性を高める

――人材が育つ中小企業に共通点はあるでしょうか。

黒瀬 「情報共有」です。これは発展している中小企業に共通する特徴なのですが、どの会社も情報共有にすぐれています。経営幹部がもっている情報を社員が共有するだけではなく、経営者も社員がもっている情報を共有し、社員同士も情報を共有する。このように会社全体に情報共有のループが生まれると、会社はひとつの情報発見システムとして機能するようになります。

――情報共有が競争力を高めることになる?

黒瀬 そうです。企業間競争の本質は「情報発見競争」だとわたしはとらえています。経営情報を共有した社員は、自分は何をすべきか理解し、主体性をもって情報を発見するようになります。会社の競争力は高まります。

――社員の育成にもつながるのですね。

黒瀬 情報を共有し、「やらされている」のではなく、社員が自律的に仕事に取り組むようになると、「働きがい」も生まれます。新卒入社者の退職が10年間でゼロだとか、出産した女性社員のほとんどが復職するような中小企業がありますが、そういう会社では従業員が自律的に働いています。そしてその背景には情報共有の徹底があります。

――社員の自律がポイントなのですね。

黒瀬 現在の経済システムでは、人は賃金と引き換えに労働力を企業に売る仕組みになっています。仕事の目的もやり方も企業から与えられ、社員はそれを実行するだけ。これは社員にとっては苦痛です。

――社員の働きがいを高めるにはどうすればいいのでしょう?

黒瀬 会社の重要事項決定の場に社員全員を参加させる会社があります。年に2回、1泊2日で全社員参加による「泊まり込み全体会議」を開き、重要事項のすべてをこの場で話し合います。就業規則、退職金制度、給与・賞与の自己申告制度、週休2日制導入など、すべてこの会議を通して築き上げられました。この会議を始めた創業者はこう言っています。「人は人を真に動かすことはできない。人は自分で動くのだ。そのために必要なのは情報の共有である。『泊まり込み会議』はそのためだけにあったと言ってもよい」と。

 規模が大きくなるとこういう会議はできませんが、個人の実行計画は本人が作成するというやり方はとれるでしょう。上位計画作成には参加しなくても個人に選択余地を残すことにより自律性への欲求を満足させることができます。

――自社にできるやり方を工夫すればいいですね。

黒瀬 排気装置の設計・施工を行う会社では、顧客との打ち合わせから調査・企画・設計・製作・設置・メンテナンスまで、すべてを1人の社員に任せています。全工程の一貫担当です。あるいは研削盤をつくっている会社では、1台の製作を1人に担当させ、完成品には製作者の名前を彫った銘板をつけています。

 この2社の社員は自律的ですし、達成感と有能感を十分に感じています。
 複数工程を担当してもらうだけでもいいでしょう。総菜をつくる会社では、調理室スタッフに「チキンにパン粉をつける」「焼き鳥の味つけをする」「ハンバーグのタネをこねる」といった役割を最低二つはローテーションでこなしてもらうようにしています。仕事に飽きがこず、モチベーションアップにもつながっているそうです。

経営理念への共感が「仲間」意識を生む

――経営理念は人材育成にどのように関係しますか?

黒瀬 経営理念は規則ではありませんから、社員が受け入れるには共感が必要です。共感されない理念は空文にすぎません。共感すると社員は同じ方向に向かう「仲間」になります。経営理念への共感がない企業の社員は、雇用されていても「仲間」ではありません。

 教室で知識を注入される学習とは異なり、職場での学習は「仲間」の存在を意識しながら相互に研鑽することで効果が高まります。学習には「仲間」が必要なのです。経営理念は社員の学習環境づくりに不可欠といえます。

――どういう学習方法がいいのでしょうか。

黒瀬 職場における学習は教科書に書かれていることを覚えることではありません。「仲間」である先輩のなかから目標となる「一人前」のモデルを見つけ、そのモデルがもっていない能力やスキルを習得することをゴールに設定するといいでしょう。

 中小企業は社員同士が近い関係にあるので「一人前」モデルは見つけやすいでしょう。会社は自発的に学ぶのが学習であるという教育理念を示し、さまざまな学習機会を用意・提供します。

 社員本人の希望を重視した異動を学習機会の提供と位置づけている会社もあります。社員は過去1年間の仕事の自己評価とあわせて異動希望を出します。社長・会長・部門長の3人で社員一人ひとりと面談し、本人が希望する仕事を担当できてスキルアップ目標をかなえることができるよう話し合います。

「総務・共育部」という部署を設けて社員研修を立案・推進している会社もあります。研修の講師はすべて社員。社長も講師を務めますがその一員にすぎません。社員が計画して社員同士で教え合う仕組みです。教えられていた社員が、やがて教える側に立ちます。まさしく「共育」です。経営理念は自律的に学習を進める者にとっての「学習基盤」になります。

「使ってやっている」で社員が育つわけがない

――会社は社員が育つきっかけづくりと環境づくりをする?

黒瀬 技能士の資格取得支援のために、終業後も機械を使っていいようにしている会社があります。練習支援ですね。あるいは社長が勉強会を開催している会社もあります。

取材・文/中山秀樹


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年1月号「人が育つ会社、人が辞めていく会社」から抜粋したものです。

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