『理念と経営』WEB記事
特集2
2022年1月号
顔が見えないお客様にも「ありがとう」を伝えたい

株式会社中村印刷所 代表取締役 中村輝雄 氏
数年前、「おじいちゃんのノート」で話題になった中村さんは、78歳の現在も連日のようにSNSで情報を発信している。根底にあるのは、頑張る人々に「使いやすいノート」を届けたい、という純粋な思いだ。
会社の危機を救った一件のツイート
2016(平成28)年お正月。家族4人で営んでいた中村印刷所を取り巻く環境は、ある〝事件〟をきっかけに一変した。突然、それまでさっぱり売れなかったオリジナル商品「水平開きノート」を求める注文が元日から殺到。社長の中村輝雄さんは「狐につままれたようで、いたずらだと思った」と当時を笑って振り返る。
正月休みが明けて真相が判明した。水平開きノートを中村さんと一緒に開発した元従業員の孫がSNSのツイッターで、写真を添えてつぶやいたものが拡散されたのが理由だった。
「拡散希望 うちのおじいちゃん ノートの特許とってた…宣伝費用がないから宣伝できないみたい、Twitterの力を借りる! どのページを開いても見開き1ページになる方眼ノートです。」
完全に平らに開くため図表などが隅々まで書き込みやすい水平開きノートは、職人の技術が詰まった自信作だった。ノートの利点と孫が祖父を思う気持ちに共感が集まり、水平開きノートは日の目を見た。
「いやぁ、本当にびっくりしました。何がきっかけになるかわかりません。ツイッターというのは、すごい影響力を持つんですね。8000冊の在庫に頭を抱えていたのに、1~2日で3万冊の注文が来てパニックでした。だって、うちは小さな印刷所。精いっぱい作っても1日300冊が限度ですから。時にはお断りしなければならないケースもあって、ありがたいやら、心苦しいやらで」
特許は中村さんが所持しているので、ツイート内容に若干の間違いはある。だが、二人三脚で5~6年の歳月をかけて開発した大切な商品だ。かつて近所で営んでいた製本所を畳み、中村さんが製本機械を引き取った。得がたい製本技術を持つ腕も惜しんだ中村さんが、家族経営だった中村印刷所にアルバイトとして誘ったのだ。
斜陽産業と呼ばれる印刷製本業界で生き延びるために「オリジナル商品を持とう」と中村さんが考えたのは、印刷や製本は注文を待つのが基本だから。そして、技術を廃れさせないためにも、中村さんが借金を重ねながら、新商品の開発に2人で取り組んだ。
感謝の思いを伝えずにはいられない
水平開きノートは一見すると何げないが、平らにしても紙がバラバラに剥がれないように束ねる製本技術は熟練の職人技。ベテランでさえ、誰もができるものではない。ようやく完成した頃には、売り上げで巻き返すつもりが、かさんだ開発コストで借金が膨らんでしまった。しかし、注文を受けて生産するのが基本の印刷所だったため、販路拡張がうまくいかず、大量の在庫が積みあがっていた。
「だから、売り上げ回復はありがたかったですよ。でもね、実は売り上げよりうれしかったのは〝ありがとう〟というお手紙がたくさん届くようになったこと。ほら、全部とってあるんです。小学生から大人まで、こんなに感謝の言葉を伝えてくれるなんてこちらこそ感激です。水平開きノートを作って本当に良かった、と思います」
「ありがとう」の気持ちは中村さんも、できる限り、目に見える形で伝えている。例えば、通販で買ってくれた人には感謝の手紙を同封。2019(同31)年1月には、ツイッターの中村印刷所の公式アカウントも開設し、現在6000名を超えるフォロワーがいる。「お店で買ってくださる方には直接お礼を言えませんから、ツイッターで感謝の気持ちを伝えたくて」
取材・文 中沢明子
撮影 編集部
本記事は、月刊『理念と経営』2022年1月号「特集2」から抜粋したものです。
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