『理念と経営』WEB記事

OJT動画でサービス業の育成を促す

ClipLine株式会社 代表取締役社長 高橋勇人 氏

「おじぎの角度30度」「早口禁止」など、サービス業では、店舗によって異なる慣習を持っていることが多い。そのような“暗黙知”を動画で“形式知”化したのが「ClipLine(クリップライン)」というサービスである。人材育成に留まらず、組織の働き方にもインパクトを与える高橋社長の挑戦。

業務で生じる迷いを「動画」で解決する

 高橋勇人さんが代表を務めるClipLine株式会社は、人材の管理・マネジメントのシステムを提供するテック企業だ。同社のシステムの大きな特徴は、「クリップ」と呼ばれる動画によって、組織の人材育成を行うところにある。

「全国各地に展開しているサービス業の店舗では、どんな業種業態であっても、情報の伝達に大きなタイムラグがあります。なので、自ずと現場ではサービスの品質に必ずバラつきが生じる。私たちのサービスはその課題解決を目指しているんです」

 例えば、同社サービスの主要な導入先である飲食業のチェーンでは、全国に展開している何百・何千という店舗で同一のサービスが提供されることが理想だ。だが、各店舗では様々な年齢、国籍のアルバイト店員が働いており、彼らが一つひとつの「仕事」を習得するためにはきめ細やかなOJT(職場内訓練)が必要となる。

 しかし、サービス業の企業は一般的に商品開発や販売戦略を考える「本部」が頂点にあり、その下に「本部の戦略を現場に伝えるスーパーバイザー」→「各店の店長」→「多数のアルバイト店員」というピラミッド型の組織構造になっている。現場で働くアルバイト店員を一律にマネジメントする難しさが、そこにはある。

 具体例を挙げよう。同社サービスを導入している企業に牛丼チェーンの吉野家がある。吉野家の店舗数は全国に約1200。それぞれの店に約20人のアルバイトがいるとすれば、一つの『新商品』が投入されるたびに、2万人以上のアルバイト店員が同時に作業の変化に対応しなければならない。

「しかも、働いているのは高校生もいれば、アクティブシニアや外国人もいる。それが常に入れ替わるわけです」

 そこで活用されているのが、クリップ=「動画」を店舗での研修・マネジメントに活用するクリップラインのシステムだ。

 吉野家で働くアルバイト店員は作業に迷いがあれば、店舗で生じるあらゆる業務の「動き」を常時、「動画」によって確認できる。また、注文の取り方から調理や提供の仕方、レジの打ち方まで、基本的な動作を動画で見られるだけではなく、習熟度ごとに、「To Do」と呼ばれる課題も用意されている。

 吉野家がクリップラインを導入したのは2015年。このOJTのための動画コンテンツは日に日に更新され続け、2年ほど前に高橋さんが吉野家の担当者と会った際には、アップロード数がすでに8000本になっていたという。

「今ではクリップラインでほぼすべての動画が記録できていますよ」

 担当者にそう言われたとき、高橋さんは自社のサービスの方向性の正しさをあらためて確信したと話す。

「吉野家さんには100以上のメニューがあり、45日に一度は新商品が投入されています。新しい機械も日進月歩で開発され、販促キャンペーンも常にされている。そうした店内の変化が、常に動画によって表現されているわけです。いわば、店内のオペレーションがデジタル化されているわけで、大きなアドバンテージになっていると思います」

 クリップラインのシステムでは、各店舗の様子も動画によって「本部」と共有できる。よって、導入企業の本部社員は現場へ足を運ぶ回数を減らせる。本部側の仕事の効率化にも寄与するわけだ。さらにもう一つ、アルバイト店員の離職理由として挙げられる「仲間に入れない」「仕事が覚えられない」という二つの要因が緩和されることも大きい。導入企業によっては離職率が大きく下がった例も多く、うまく活用できれば「一石三鳥」のサービスとなる可能性を秘めているのだ。


コンサル時代に見た経営者と現場の乖離

 高橋さんがクリップラインを創業したのは2013年。それまで彼は大手の外資系コンサルティング会社で、企業の業務改善の支援を行っていた。そのときに携わったある飲食チェーンでの経験が、独立に至る原点となっている。

「その会社は全国数百カ所に店舗を展開していたのですが、現場に行かないとわからないことがすごく多かったんです」

 前述のとおり、対面でのサービス業では、「本部」からの情報が「伝言ゲーム」で各店舗に届けられる。よって、経営者の理想と現場の実態がかけ離れていることも少なくない。

「多くの経営者は『こうしたい』という理想を語ります。しかし、現場はそれに追いつくのに時間が常にかかる。『ぬるいビール』や『冷めた料理』といった品質のバラつきがどうしても起こってしまうんですね」

 店がきれいに保たれているか、商品はきちんと整っているか――。それら無数の要点を店長の「報告書」だけで把握することは不可能だろう。

「そこで定点カメラを使ったり、写メで情報を共有したりしてみたのですが、なかなか難しかった。それに『もっと素早く動く』といった目標も、人によって『早く』の概念はそれぞれ異なりますよね。その感覚も動画なら『こんな感じか』とフィーリングで伝わるのですが、 当時はまだインターネットのインフラが整っていませんでしたから」

 だが、試行錯誤が成果につながり始めたころ、そのインターネットの社会インフラが高橋さんの「やりたいこと」に追いついてきた。Wi-Fiの整備やスマホ・タブレット端末の普及が進み、クラウドサーバーの価格も下がり始めた結果、現在のクリップラインのサービスを実現する条件が整い始めたのだ。それが創業とサービスの開発を後押しした。

取材・文/稲泉連
写真提供/ClipLine株式会社


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本記事は、月刊『理念と経営』2021年12月号「スタートアップ物語」から抜粋したものです。

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