『理念と経営』WEB記事

なぜ今、日本的経営を貫くことが必要なのか?

東レ株式会社 代表取締役社長 日覺昭廣氏 × 早稲田大学ビジネススクール 教授 内田和成 氏

「失われた30年」とも言われる日本経済の長期低迷の中にあるにもかかわらず、東レは順調に業績拡大を続けている。2011年の社長就任以来、その拡大を牽引してこられた日覺社長。日本経済低迷の要因の1つは株主資本主義にあるとする内田先生。日本的経営を貫いてきた東レの経営哲学について、2人が語り合う。

「株主資本主義」ではなく、
日本企業は日本人らしい戦い方を

内田 株主利益の最大化に偏った「株主資本主義」が行き詰まりを見せていて、日本的経営、公益資本主義の価値が見直されていますね。日覺さんは社長就任以来、株主資本主義に異を唱え、日本的経営を貫くことの大切さを訴えてこられました。まずはそのあたりのことをお話しいただければと思います。

日覺 株主というのは本来、企業を応援してくれるサポーターですね。その応援に対して配当という形で応えていくのは当然で、株主資本主義そのものが悪いわけではありません。問題は、それが行き過ぎて「株主至上主義」になってしまうことです。社員や顧客をないがしろにして株主の顔色ばかりうかがうようでは本末転倒ですし、株主至上主義はしばしば「金融資本主義」になってしまいます。企業を応援するための投資ではなく、短期間で利益を得ようとする投機ばかりが幅を利かせるマネーゲームになってしまうことが悪いのです。

内田 あのリーマン・ショック(2008年)を引き起こした元凶も、マネーゲームの加熱でしたね。

日覺 ええ。近年の世界経済はマネーゲームに翻弄されてきました。しかも、マネーゲームで巨額の金が動いても、実体経済には反映されず、バブル景気をつくっては崩壊させることを繰り返しているだけです。
 しかも、それを動かしているのは全体のほんの数%の人たちで、大半の人は蚊帳の外にされてしまっている……そういう状況には大きな問題があると、私は考えています。

内田 近年の日本企業の低迷傾向も、その要因の1つは、日本的経営を忘れて米国流の株主資本主義にすり寄り過ぎたことにあると思います。
 日本企業は、アメリカが決めたコーポレートガバナンス(企業統治)の下で戦ったら勝てないというのが私の意見です。日本人は基本的には「いい人の集団」ですから、アングロサクソン的な「切った張った」の世界ではとうてい彼らに勝てない。だから、日本企業は日本人らしい戦い方をすべきだと思うのです。例えば、変な言い方ですが、「米国企業から見て気持ち悪い経営」をしたほうがいい。「日本企業はどうしてこんなことができるんだ? さっぱりわからない」と、彼らが戸惑う戦い方が最も効果的なんです。それなら対抗策が考えられませんから。
 日覺社長がお考えの「日本的経営」とは少し違うかもしれませんが、基本的な考えは近いのではないかと思います。

日覺 内田先生のおっしゃるとおり、私は社長になって以来ずっと、「米国流の経営を模倣せず、日本的経営を貫くべきだ」と言い続けてきました。それは私が言い出したというより、東レの創業以来の哲学がそういうものなんです。
 わが社の経営理念は「新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」ですが、これは前身である「東洋レーヨン」の「社会に奉仕する」という社是をふまえたものです。そのことを海外の投資家に説明したところ、「東レは社会福祉団体なのか?」と酷評されたものですが……。
 ともあれ、「企業は社会の公器であり、事業を通じて社会に貢献すべきだ」という公益資本主義が、東レの一貫した姿勢です。それは、目先の利益だけを追いかける株主至上主義とは相容れないものだと思います。

内田 私は、ひとくくりに「株主は大事だ」と言うのはおかしいと思っています。会社にとって良い株主もいれば、良くない株主もいるからです。
 投機のためにごく短期間だけ株主になる人を、企業が大切にする必要があるだろうかと疑問に思うのです。これからの日本企業は、株主を選んでいくべきではないかと思います。「会社のサポーターになってくれるような株主は大事にするけれど、投機的な株主はうちの会社には必要ありません」と。

日覺 おっしゃるとおりだと思います。株価の変動によって儲けようとする投機家は、経営の安定なんて求めていませんしね。ただ、「株主平等の原則」という考えもありますし、企業側が株主を選ぶというのはなかなか難しいです。

内田 「事業を通じて社会に貢献すべきだ」という東レの経営理念は、どのような形で具現化されているのでしょう?

日覺 私どもの社会貢献の根幹は、社員を大切にするということです。社員たちも社会を構成する一員ですから、彼らが満足していきいきと働けば、社会の中でもしっかり活躍できます。社員を大切にして、その雇用と生活を守ることを通じて社会に貢献しようと考えてきました。

「社員を大切にし、雇用を守る」
これは企業としての大きな使命

内田 社員を大切にされている象徴的な具体例を挙げていただけますか?

日覺 わが社は、アメリカには1980年代後半から進出しています。最初は、当時全盛だったビデオテープ用のポリエステル・フィルムの大きな工場をつくったんです。
 ところが、それから数年後にビデオテープが廃れてきて、われわれの顧客である日本企業は米国から撤退してしまいました。工場の従業員は「これで自分たちも全員解雇されるだろう」と思ったはずです。

内田 アメリカの企業なら、ビデオテープが売れなくなれば、すぐに工場は撤退か売却しますよね。でも、御社はそうされなかったのですね。

日覺 ええ。従業員の約3割は近くの製薬会社の工場などに移りましたが、残った約7割の従業員についてはしっかり雇用を守りました。東レ本社から人を送り込んで、技術も資金も提供して、ビデオテープ以外の用途開発をして工場を維持したのです。

内田 どういう用途開発をしたのですか?

日覺 産業用途とか、車やビルの窓貼り(ソーラーコントロール)用途とか……。一つではなくいろんな用途に置き換えました。そうすることによって、その工場は高収益会社になって、ビデオテープ工場時代からいる人間がいまは社長をやっています。

内田 雇用を守るために努力を重ねる姿勢は素晴らしいですね。

日覺 はい。東レは「社員のクビを切らない。雇用を守る」ということを、企業としての使命の一つと捉えています。

内田 その使命を、海外でもできる限り果たしてきたということですね。

日覺 ええ。それは一つには、われわれが装置産業だからです。組立産業なら、比較的簡単に工場を畳むことができます。人件費の安い国へ安い国へと移っていくことが可能なのです。
 でも、装置産業は大がかりなので、なかなかそうはいきません。一つの国にどっしりと腰を据えて、人を育てていかないといけない面があるのです。
 もう一つの要因として、東レが素材の会社だということがあります。素材産業というのは、一つの革新的素材を開発するまでにすごく時間がかかるんです。炭素繊維にしろ何にしろ、技術を蓄積しながら30年とか50年のスパンでつくり上げていくのです。それだけ年月がかかるということは、それを基礎から最先端までしっかりと理解できる人材、熟練の力がたくさん必要だということです。だからこそ、人を大切にしないと産業として成り立ちません。

内田 なるほど。そのことが、人を大切にする経営の原点になっているわけですね。ただ、「そういうやり方で、グローバル企業と戦っていくときに競争力が保てるのか?」という疑問を持つ人もあろうかと思います。その点はいかがですか?

日覺 競争力は今後も十分保てると考えています。革新的な素材を開発するには数十年という時間がかかるので、〝人件費の安い国にどんどん移って、コストを下げることで競争力を維持する〟というやり方が通用しないからです。昨今、企業の競争力を株価の時価総額で計る風潮がありますが、私は真の競争力とは「他社がつくれないようなものをつくる力」のことだと考えています。
 それから、東レはいま29の国・地域にグループ会社があって、その意味ではまぎれもないグローバル企業ですが、そういう企業を10年以上率いてきて思うのは、「グローバル企業でも日本的経営は成り立つ」ということです。

内田 人情を重んじる日本的経営より、人を経営資源の1つと割り切る米国流経営のほうが、グローバル社会にマッチしていると考えられがちですね。実はそうではないと、日覺社長はお感じになっているということですか?

日覺 そうです。例えば、東レの連結子会社はアメリカにもたくさんあって、その多くでアメリカ人が社長に就いていますが、彼らも東レの日本的経営にすごく共感を持ってやってくれています。
 アラバマ州で繊維をつくっている子会社の社長が言うには、「うちの会社は、他のアメリカの会社みたいに従業員がすぐに辞めないし、みんな一生懸命働いてくれます。会社が自分たちを大事にしてくれるとわかっているからです」と……。そんなふうに、アメリカ人にも日本的経営は歓迎されているのです。
 だから、公益資本主義的な経営は、グローバル社会にも十分受け入れられると私は思います。

内田 株主資本主義の総本山のようなアメリカにも、社員を大切にする日本的経営を好む人が多いということですね。

日覺 はい。それは当然だと思います。みんな本当は会社に大切にされたいし、不景気なときにも雇用を維持してほしいのです。しかし、一般的な米国企業にはそれが期待できないから、個々人がスキルを磨いてジョブホッパー(転職をくり返す人)になったりするのです。
「この会社は最後まで面倒を見てくれる」と感じられれば、「ここにしっかり腰を据えて頑張ろう」と思ってくれるはずなのです。

構成 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2021年11月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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