『理念と経営』WEB記事

逆境のときこそ経営理念が真価を発揮する

有限会社カデンのエトウ
専務取締役 江藤健続氏

町の電気屋さん」に訪れた最大の逆境。それは、目の前に巨大な家電量販店が出店したことだった。黒船来襲ともいうべきこの試練に、カデンのエトウはどう立ち向かったのか。専務の江藤健続さんに聞いた。

出店前から買い控えが起き、社員引き抜きの危機も……

大分県の南東端に位置する自然豊かな地方都市・佐伯市。そこに店舗を構えるのが「カデンのエトウ」だ。現在の社長と専務の父・江藤重信氏が、1958(昭和33)年に前身の江藤ラジオを創業。以来63年、「町の電気屋さん」として地域住民に愛されてきた。2010(平成22)年には、重信氏から江藤和起・健続兄弟に事業承継。その年、兄弟は揃って「中小企業家同友会」に入会した。

「父の代には、うちは企業というより家族経営の商店でした。僕たちの代で商店から企業に変わろうと決意したのです。そのためには経営について一から学ばないといけないと考えて、同友会に入りました」

同友会のプログラムに、「経営指針成文化セミナー」があった。それを受講し、じっくり時間をかけて、初めて経営理念を作った。「商店から企業へ」の第一歩であった。だが、その2年後の12(同24)年、「カデンのエトウ」は創業以来最大の逆境に見舞われた。日本最大級の家電量販店「Y電機」が、道路一本隔てた目の前に大型店舗を出すことがわかったのだ。

「地域のナンバーワン家電店のそばに出店するのが、Y電機の常套手段です。安売り競争を仕掛けて消耗戦をやり、常連客を奪い、その地域を支配していくのです」

彼我の力の差は、象とアリほども大きかった。勝ち目のない絶望的な戦いが始まった。実際にY電機が出店したのは翌13(同25)年だが、その前からすでにエトウの売り上げが落ち始めた。

「Y電機は開店セールをやるだろう。家電はそのときに買ったほうが得だ」「Y電機ができればエトウは絶対つぶれるから、あそこで家電を買ったらアフターサービスが受けられなくなる」―そんなどす黒い口コミが地域に広まり、買い控えが起きたのである。また、Y電機はエトウ社員の引き抜きも仕掛けてきた。

「Y電機から見れば、地元の事情に通じているうえ、店員として即戦力になるうちの社員は、最高の人材だったのでしょう」

引き抜き工作を江藤専務が知ったのは、オープン後だった。社員から「実は、Y電機から誘われました」と打ち明けられたのだ。

「他にも誘われた社員がいたかもしれませんが、実際に引き抜かれた社員は一人もいませんでした。給与などの条件はY電機のほうがよかったはずなのに、全員残ってくれたのはありがたいことです」

専務と社長は社員たちには弱気を見せなかったが、心には不安が渦巻いていた。「早めに店を畳んだほうが、傷が浅く済むかもしれない」――2人でそう話し合ったこともある。

撤退を選ばなかった理由を、兄の江藤和起社長が振り返る。「両親や、社員とその家族の顔が心に浮かんだのです。うちの長い歴史と社員たちの生活を背負っているのだから、撤退するわけにはいかないと思いました」

また、健続専務は、経営理念の中にもある「家電のレスキュー隊」という企業コンセプトが、踏みとどまるための力になったと述懐する。


取材・文 前原政之
撮影 編集部


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本記事は、月刊『理念と経営』2021年9月号「逆境! その時、経営者は…」から抜粋したものです。

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