『理念と経営』WEB記事

苦しいときは3年だ。3年経てば光が見えてくる

パナソニック株式会社 第四代社長 谷井昭雄氏×ぴあ株式会社 社外取締役 佐久間曻二氏

松下電器産業(現パナソニック)の第四代社長の谷井氏はプラザ合意の影響を受け、円高の中で厳しいかじ取りをした。また佐久間氏は谷井氏のもとで副社長を務め、松下電器産業の底上げを図り、その後は倒産の危機に瀕したWOWOWの再建を託され、見事にⅤ字回復を成し遂げた。危機を乗り越えてきた二人の根底にある、松下経営の神髄―。

どんな場合でも道はある。
勝つことを前提とした経営を

―いまだ出口の見えないコロナウイルス禍など、中小企業にとっても危機的な状況が続いています。危機の時こそ何が求められるのか。松下幸之助翁から経営哲学を直伝され、その哲学によって経営危機を乗り越えた経験をお持ちのお二人にお越しいただきました。

谷井 私が経験した危機といえば、まず、1986(昭和61)年に松下電器産業(現パナソニック)の社長に就任したときのことですね。その前年に「プラザ合意」(先進五カ国が為替レート安定化を図って行った合意)がなされて、急激な円高が到来した真っ只中で社長を拝命したのです。新聞記者たちの取材に対して、「僕は円高社長や」と言ったのを覚えています(笑)。

佐久間 当時、松下電器の輸出比率は35%でした。そこがもろに円高の打撃を受ける非常事態だったのです。

谷井 社長就任直後、松下幸之助創業者に報告申し上げましたら、「そうか、円がそんなに高くなったか。えらい時代になったな」と、しみじみ言われました。そのとき創業者から受けた激励を心の支えに、危機に対応しました。次のような言葉です。
「この一年はどんなことがあっても堪え忍べ。たとえ損をしても耐え抜く、生き抜く。希望を失わないように3年辛抱せよ」
「苦しいときは3年だ。3年経てば光が見えてくる」
「どんな場合でも道はある。勝つことを前提とした経営をやれ」

佐久間 私が経験した危機の1つが、乾電池販売の主席駐在員としてヨーロッパに駐在したときのことです。当時の松下はフィリップスなどの欧州メーカーの後塵を拝していました。創業者が当時われわれ(松下の欧州駐在員)に言われた言葉に、「3年待ってほしい。三年で欧州メーカーに負けない商品をつくるから」というものがありました。三年が一つの目安だったのでしょうか?

谷井 ご自身の経験を踏まえて、〝1つの大きな危機を乗り越えるには、3年はかかる〟という実感があったのだと思います。

―「3年経てば光が見えてくる」との言葉は、コロナ禍も3年目に入った中小企業経営者への励ましのようにも響きます。

谷井 そうですね。私は円高でも値段を上げずに計画通りの販売をするために、各部門の経営合理化を徹底的に進めていきました。すぐに結果が出ることではないわけですが、私の場合、社長就任の3年前から、松下で「ACTION-61」という全社改革運動が推進されていたことに助けられました。

佐久間 「ACTION-61」は、83(同58)年から当時の山下俊彦社長によって3カ年計画で推進された、全社を挙げての経営強化運動です。谷井さんが運動の推進委員長を務められ、経営企画担当役員だった私が事務局長となりました。

谷井 佐久間さんと二人で改革に汗を流し、全国を回った日々を、いま懐かしく思い出しています。80年代前半といえば、松下の主力商品はテレビでした。社内には「テレビさえ売っていれば安泰だ」という空気すらありました。でも、その時期にあえて山下社長は、「テレビ一本の松下から脱皮し、利益を確保し続けるには、いまこそ改革を実行しなければならない」と英断されたのです。大変な慧けい眼がんだったと思います。

佐久間 「ACTION-61」で推進された改革の中には、〝3年で10%輸出を減らし、10%を海外生産に振り替える〟ということもありました。そのような構造改革を事前に推進していたからこそ、円高のダメージが大きく軽減されましたね。

谷井 ええ。もちろん、「ACTION-61」を始めたときには円高危機は影も形もなかったわけですが、結果的にはその改革が円高への対応として生きたのです。

名経営者は危機の只中でも
「攻める心」を忘れない

佐久間 それと、私たちは入社したときからずっと、「不況に強い、不況で伸びる松下」ということを徹底的に教え込まれました。だから、円高危機のときにも社内に動揺はあまりありませんでした。むしろ、「こういうときこそ、会社のあり方を見直して成長するチャンスや」と、みんながファイトを燃やして頑張ったという記憶があります。

谷井 そうですね。創業者はよく、「景気が悪いときこそ、人間にとっても経営にとってもチャンスや」と言われました。

佐久間 私にも大切にしている創業者の金言がたくさんありますが、その1つにこういう言葉があります。「困難を困難とせず、思いを新たに、決意をかたく歩めば、困難がかえって飛躍の土台石となるのである。要は考え方である。決意である。困っても困らないことである」

谷井 創業者の人生そのものがそうです。家が貧しく、体も弱く、学歴もないという運命を背負いながら、それらをすべて、「困難」や「不幸」ではなく「幸運」と捉とらえておられました。

佐久間 例えば、「学校を出ていないからこそ、まわりの人がみんな賢く見えた。だから周囲の言うことを素直に聞けた」と、後年述懐されていますね。

谷井 ええ。環境を嘆いたりせず、すべてを自らに対する「鍛え」であり「教え」だと捉えておられた。経営についてもしかりです。どんなに素晴らしい経営をしていても、景気が悪くなれば企業はダメージを受けます。それは誰のせいでもないし、ダメージをどう乗り越えるかを考えていくしかない。創業者はそう達観され、経営者として直面した危機をすべて前向きに受け止めた。そうすることで松下を成長させていったのです。

佐久間 いまのコロナ禍はまさにそうですね。誰のせいでもないのですから、会社が被ったダメージを嘆いても始まりません。

谷井 そういう危機のとき、経営者やリーダーにとって何より大切なのは、「攻める心」を失わないことです。もちろん、危機的状況に応じて身を縮めることも、進むペースをスローダウンすることも必要でしょう。ただ、それはそれとして、経営者はどんな環境に身を置いても「攻める心」を失ってはいけない。私はそのことを創業者から教えられました。また、「攻める心」で危機と向き合えば、智恵も湧いてくるものです。

佐久間 よくわかります。創業者の金言の一つに、「かつてない困難からは、かつてない革新が生まれ、かつてない革新からは、かつてない飛躍が生まれるのです」という言葉があります。経営者が「攻める心」でコロナ禍の危機を乗り越えようと智恵を振り絞り、思いもよらない革新や飛躍が生まれたケースも、すでにたくさんあるはずです。
 私も若き日のヨーロッパ駐在時代、創業者の「攻める心」の強さに驚かされたことがあります。当時(1970年)、松下はフィリップスと50対50の合弁製造会社をベルギーに設立して、そこで乾電池を作ってヨーロッパ一三カ国で売りました。1つの工場から、フィリップスとナショナル(当時)という2つのブランドの電池が作られ、それぞれの販売網で売上競争をしたわけです。
 駐在先のハンブルクに向かう前、私は創業者のもとへ出発の挨拶に伺いました。その席で「佐久間くん、フィリップスとナショナルの売上比率はどれくらいになると思っているのや?」と訊かれ、「よくて7対3だと思います」と答えました。

谷井 フィリップスの土俵に出かけていって勝負したわけですからね。普通そう考えると思います。

佐久間 はい。ところが創業者は不満そうに「どうしてナショナルが3しか売れんのや? (自分の思いとして)どんなに悪くても5対5やな」とおっしゃるのです。
 私はフィリップスに勝てない理由をいろいろ並べましたが、創業者は「きみな、先生が生徒に負けてもええのか?」と言われました。つまり、「松下には、乾電池販売の長い歴史の中で培われた、高い技術と成功体験のノウハウがある。したがって、松下がヨーロッパでは新参者だとしても、乾電池販売という分野においてはフィリップスこそ新参者だ。松下こそ『先生』であり、フィリップスは『生徒』の立場だ。そうである以上、松下がフィリップスに勝てないはずがないではないか」という意味です。

谷井 たとえ相手の土俵で勝負するとしても、「勝つことを前提とした経営をやれ」ということですね。まさに「攻める心」です。

佐久間 ええ。私はそれから7年間ヨーロッパ市場で悪戦苦闘を重ねまして、76(同51)年に帰国しました。そのとき、乾電池の販売比率はフィリップスが7割、ナショナルが3割でした。頑張って達成した比率ではありましたが、創業者の言葉が心に残っていて、満足感とはほど遠い気持ちでした。
 ヨーロッパの乾電池市場の話には、後日談があります。2002(平成14)年に、私がWOWOWの社長としてベルギーを訪れたときのことです。ベルギーにあった「フィリップス松下電池」の工場を訪ねてみたら、そこは「ベルギー松下電池」(現パナソニックバッテリーベルギー)に変わっていて、フィリップスの電池はもう作られていませんでした。前の年に、フィリップスは合弁を解消して乾電池事業から撤退していたのです。それだけではなく、松下の乾電池販売量がヨーロッパ全体で1位か2位になっていて、たいへん驚きました。

谷井 つまり、「ヨーロッパの乾電池市場で、松下は絶対勝てる。フィリップスにも勝てる」という創業者の言葉が、30年以上を経て現実になったわけですね。


構成 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2021年7月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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