『理念と経営』WEB記事

財を得るには道がある。 気を和して財を生め

国際大学学長 伊丹敬之氏 × レンゴー株式会社代表取締役会長兼CEO 大坪 清氏

「現場で働いている人間の知恵や感情が、経営を決定づけている」との一貫した信念でレンゴーを国内最大手の段ボールメーカーから総合包装企業に飛躍させた大坪会長。その原点を紐解きながら伊丹学長は、金のつながりを根幹に置く米国流資本主義の対極にある、人を企業経営の中心に置く「人本主義」に共通項を見いだす。「情の経営」の実践者と経営学の泰斗が語り合う経営の神髄―。

経営者にとって、
何よりも大切なのは現場だ

大坪 伊丹先生とは初対面のような気がしないんです。先生のご著作も読ませていただいていますし、何より、私は経営学者の加護野忠男さん(神戸大学名誉教授)と親しいものですから。

伊丹 そうなんですか! 加護野さんは経営学者仲間の中でも、私にとって「無二の親友」と言ってよい存在です。共編著もいくつかありますし、経営学者としての主張にも共通項が多いのです。

大坪 加護野さんは私にとって神戸大学の後輩であり、(大阪府立)大手前高校の後輩でもあるんです。

伊丹 会長とはご縁がありますね。さて、今日の対談は、大坪会長の経営者としての歩みをふまえて、経営哲学をお聞かせいただこうという主旨です。特に、経営者として大きな危機をいくつも乗り越えてこられたご経験は、コロナ禍で悪戦苦闘をしている中小企業のみなさんにとっても学びになると思うのです。

大坪 経営哲学というほど大層なものはありませんが、若いころからずっと、「経営にとって何よりも大切なのは現場だ」と思い続けてきました。私に商いの基本をすべて教えてくれた人である増田義雄さん(攝津板紙〈のちのセッツ。1999年にレンゴーと合併〉の創業者)から叩き込まれたことです。

伊丹 大坪会長は住友商事に入社して三カ月目に、攝津板紙に出向されたのですね。

大坪 そうです。元々私は海外で働きたくて住友商事に入ったのですが、海外どころか住友の「す」の字もわからないうちに、いちばん泥臭い現場に出向を命じられました。
増田さんは「現場の鬼」とも呼ばれたほど、徹底して現場を重んじる経営者でした。何しろ、私が出向してすぐにいきなり、「うちで仕事をする以上、ネクタイも万年筆もいらん。とにかく現場に入りなさい」と言われましたから。
そして、「製紙の仕事を本当に知ろうと思ったら、3日ぐらい工場の中で寝ないといかん。(製紙に使う)ドライヤーの下で寝た者でなければ、紙抄の気持ちはわからない」と、私にしょっちゅう言うのです。あんまり何度も言われるものだから、私は工場の構内にゴザを敷いて一晩過ごしてみました。3日はさすがにしんどいので、1日だけ(笑)。

伊丹 やってみて、気づきがありましたか?

大坪 はい。真夜中の静まり返った工場で床に寝ていると、ドライヤーの配管に残っている水の音とか、昼間は聞こえない音がいろいろ聞こえてくるんです。そういう音に耳を澄ましているうちに、抄紙機(紙を抄く機械)を動かしている現場の人間の気持ちがわかったような気がしました。その日を境に、現場の社員たちと接しやすくなったのです。

伊丹 それまでは、住友商事からの出向ということで、現場の人たちとの間に壁があったわけですね?

大坪 ええ。「大手商社から来た、何も知らない若造」という目で見られて、最初は非常に接しにくかったんです。その見えない壁が、いつの間にかなくなっていました。
それと、増田さんのもう1つの口癖に、「ロスはこぼれる利益である」という言葉がありました。工場は操業時にさまざまなロスが生じます。抄き損ねの「損紙」とか、タンクの底にたまった古い原料とか……。そうしたロスを「仕方がない」とあきらめるのではなく、「こぼれる利益」と考えて少しでも減らす改善努力が大切なのだと、工場で寝た体験から実感できましたね。

伊丹 「現場で働いている人間の知恵や感情が、経営を決定づけている」という会長の一貫した信念は、じつは23歳のころの体験に根ざしていたのですね。

大坪 ええ。すべては増田さんとの出会いから始まったのです。

伊丹 大坪会長の自伝『「情」の経営に「理」あり』を拝読して感動したのは、会長が「人と人との結びつき」を一貫して重視され、そのことによって会社を強くしてこられた点です。一部署だけでなく会社全体を、自社だけでなく業界全体を共存共栄させていこうとする―そうやってこそうまくいくことは、現場を重んじる発想の延長線上に、自然にわかるものなのでしょうね。

大坪 おっしゃる通りです。

伊丹 住友商事のクアラルンプール支店長でいらしたとき、それまでは現地スタッフと日本人社員の間に明確な待遇差があったのに、大坪さんがそれを撤廃されたことは、人と人との結びつきを強めるやり方の典型例だと思います。

大坪 当時、現地採用者と日本からの赴任者が一緒に出張に行くと、同じホテルには泊まれないほど出張手当に差があったのです。「これでは壁ができるのも無理はない」と思って、経費の部類に入る手当については一本化しました。住友本社は「前例がない」と難色を示しましたが、「ならば、マレーシア単独でやります」と強引に制度を変えてしまったんです。
でも、そのことによって現地スタッフのモチベーションが上がって、大型案件の受注が増えました。

伊丹 実は私も、中小企業経営者の息子です。継ぐべき家業が下り坂になったことで、横道にそれて経営学者になった人間なのです。そういう自分の体験に照らしても、会長のように人と人との結びつきを強めるやり方のほうがうまくいき、会社も発展するということは
よくわかります。
典型例はトヨタ自動車です。「トヨタは下請けいじめをする」という批判もないことはないですが、いじめるばかりだったら、あれほど世界でうまくいくはずがない。トヨタは下請けを手厚く保護しているのです。ただ、時には下請けに厳しいことも言うので、それが人によってはいじめに思える場合もあるのでしょう。

大坪 現場を重んじ、人のつながりを重んじる―そのことの大切さを私に教えてくれたのは、先に挙げた増田義雄さんと、もう一人、得能正照さん(元レンゴー専務)という方でした。得能さんは、製紙や段ボールの生産設備、現場のことを非常によくご存じでした。そ
の薫陶を受けたので、私も現場にくわしい経営者になりました。自慢話になってしまいますが、日本の製紙業界、段ボール業界の経営者の中で、設備のことを一番よく知っているのは私だという自負があります。
いまでもレンゴーの各工場に行くと、私が技術屋以上に細かい指摘をするものだから、技術屋たちが煙たがります(笑)。

伊丹 そういう姿勢を貫いてこられたからこそ、大坪さんが社長になられて以来、レンゴーが好調なのだと思います。

大坪 おかげさまで、私が引き継いだ2000(平成12)年の時点で2千数百億円だったレンゴーの売上高が、いまは7000億円弱になっています。一般論としても、現場を知らない経営者が理論だけでチョコチョコやっても絶対にうまくいかないですね。

構成 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2021年6月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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