『理念と経営』WEB記事

選手としてのプライドと葛藤― そのなかで気づいた 陰で支える存在の大切さ

雪印メグミルク株式会社 西方仁也 氏

2021年6月18日に公開予定の映画「ヒノマルソウル〜舞台裏の英雄たち〜」は長野五輪スキージャンプ団体の金メダル獲得を裏で支えたテストジャンパーたちの物語。その主人公のモデルとなったのが西方仁也さんだ。日本代表から一転、テストジャンパーという裏方の仕事をすることになった西方さんの思いとは。

1994(平成6)年2月に行われたリレハンメル(ノルウェー)冬季五輪。ジャンプ団体戦で日本の金メダルは、ほぼ確実と思われていた。2位につけているドイツを大きくリードしていたからだ。
「1本目に関してはみんな素晴らしいジャンプでした。そして2本目、私も135メートルを飛んで……。ふと金が取れるかもしれないという気持ちがよぎりました」
西方仁也さんは、そう話す。ジャンプは個人競技である。だが団体戦だけは運動会のリレーのような雰囲気になるのだそうだ。
「結構ファミリーみたいな感じになれるんです。誰かをカバーしようとか、励まそうとかという気持ちになれて、モチベーションも上がって自分のパフォーマンス以上のものが出るような気がします」
原田雅彦選手の2本目。ここで105メートル以上飛べば、日本の優勝が決まる。ところが原田選手は踏み切りのタイミングを外して、97.5メートルという飛距離に終わった。結果は銀メダルだった。
「もちろん、金が取れたのならすごく嬉しかったですけど、私は銀でも納得していました。まずはメダルを取ろうということを目標にしていましたから。これで、新しい目標ができたと思いました」
西方さんは、すぐに気持ちを4年後の長野に切り替えたという。

”長野には間に合わないか“

長野県は北海道と並びウィンタースポーツが盛んな所である。西方さんは、1968(昭和
43)年に長野の野沢温泉村で生まれた。兄の影響もあって、小学校4年でジャンプを始める。最初は怖くて仕方なかったそうだが、やがて地元の大会での順位が上がっていくことが楽しくなった。人よりも50センチでも遠くに飛びたいという気持ちが生まれてきた。
中学生になると、北海道に同い年の強い選手がいることも知った。それが原田選手だった。西方さんは3年生で全国大会に出場したが、原田選手は1年から出ていた。
「長野と北海道で離れていましたけど、ずっとライバルとして意識しながら競い合ってきたんです」
大学を卒業すると同じ雪印乳業(当時)に入社した。今度は世界を意識して互いを磨くようになったのだ。
原田選手は92(平成4)年のアルベールビル(フランス)五輪にも出場していた。共に大舞台に立てたのがリレハンメルだった。次は、地元・長野での五輪である。西方さんは、その前年、97(同9)年のシーズンは、よすぎるくらい調子がよかったという。それが腰の故障を招いた。
「オーバートレーニングです。調子がよくて、体によりいい筋肉にしたいとストレッチを続けていたんです。知らないうちに腰の可動範囲を超えていたんでしょうね」
治療に半年ほどもかかった。そのため、ワールドカップをはじめそのシーズンの大会の多くに出場ができなかった。〝長野には間に合わないか︱〟正直、あきらめの気持ちも湧いてきた、と話すのだ。
「日本代表に選ばれるためには、やはりプロセスがあるんです。ワールドカップの第1戦、12月遠征から入っていかなければチャンスはほぼありません。だから代表から落ちたときは仕方ないかと冷静に受け止めることができました」
そんな西方さんに、スキー連盟からテストジャンパーをやってほしいという依頼がきたのだ。テストジャンパーとは、競技の前にジャンプ台に危険がないかどうかを確認し、コンディションを整えるために飛ぶ、裏方である。毎朝早くジャンプ台に行き、ガチガチに凍ったコースの氷を削るために何度も何度もジャンプを繰り返す。目的は選手たちに最高のパフォーマンスを発揮してもらい、観客に感動を与えることだ。それは命懸けの仕事でもあった。その大切さはわかっていた。しかし、それを自分がやるのかと思うと、葛藤が生まれた。
「やっぱりプライドがあって本当はやりたくないんです。だけど、裏方にまわることも必要だとわかっていました。結局、誰も見てないかも知れないけど代表選手たちよりも遠くへ飛んでやる、という気持ちを支えに引き受けました」


取材・文 鳥飼新市
Ⓒ2021映画『ヒノマルソウル』製作委員会『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』6月18日(金)公開


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本記事は、月刊『理念と経営』2021年5月号「人とこの世界」から抜粋したものです。

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