『理念と経営』WEB記事

誇り高き日本の迎賓館に更なる価値を創出する

株式会社帝国ホテル 代表取締役社長 社長執行役員 定保英弥 氏

帝国ホテルは「ホテル内サービスアパートメント」という新たな事業を打ち出した。客室稼働率が大幅に減少している中での苦肉の策かと懸念されたが、定保英弥社長は「コロナ禍以前から帝国ホテルでもやってみようという構想があった」と語る。初代会長・渋沢栄一の言葉を胸に、伝統と歴史あるホテルの可能性を広げていくことに挑戦する。

変えるべきものと守るべきものの選択

―二月一日に長期滞在型のサービスアパートメント(SA)事業を発表。宿泊事業に代わるまったく新しい事業を、日本を代表するホテルが打ち出したことで、大きな話題になりました。当日一〇〇〇件を超える問い合わせがあり、即日完売だったそうですね。

定保 正直、これほどの反響があるとは思いませんでした。SA事業は、もともと海外では浸透していて、コロナ禍以前から帝国ホテルでもやってみようという構想があったんです。また、帝国ホテルにはこれまでも長期滞在用の部屋があり、お客さまにご利用いただいていました。私たちのホテルは本来宿泊の約半分が外国人のお客さまですが、新型コロナウイルスの影響で来日は見込めません。国内移動の自粛も続いており、稼働できない固定資産をどう有効活用するかが、大きな課題として顕在化しました。変えるべきものと守るべきものの選択がある中で慎重な判断が必要でしたが、SA事業は安定した収益基盤に育てていけるのではないか、と経営幹部の満場一致でスタートが決まりました。昨年の緊急事態宣言中、一緒に働いている全従業員約二五〇〇名に私の名前で一斉にメールを送りました。雇用は守る、頑張って乗り越えていこうというメッセージとともに、感染防止策や新しいサービスのアイデアを募ったのです。嬉しいことになんと約五五〇〇件ものアイデアが寄せられたのですが、本当にいろいろな意見があった中で、ここでもSA事業につながる、いろいろなヒントが含まれていたんです。このことも大きかったですね。過去に経験のない難局です。新しいミッションをスピーディーに検討し、ひとつのサービスとして作り上げる特別チームを編成しまして、そのメンバーがわずか数カ月で事業にまとめてくれました。今は総責任者の女性を中心に約二〇名の新しい専
任チームを作り、準備を進めています。ホテルとしてのサービスと、サービスアパートメントとしてのサービスは違います。新しい事業としてしっかり確立させていきます。


従業員は財務諸表に載らない「無形資産」

―新型コロナウイルスの影響というのは相当、大きかったと思います。一方で、思いがけない発見もあったと思うのですが、いかがでしょうか。

定保 一昨年秋のラグビーワールドカップが大きな盛り上がりを見せ、東京オリンピックに向けて、いいムードで昨年の始まりを迎えていました。ところが、そこから急ブレーキがかかり、緊急事態宣言が出て、お客さまが外出できない状況になってしまいました。上半期の平均稼働率は一割弱。宴会も多くがキャンセルになりました。秋頃にGoToキャンペーンの効果で一時いいムードになりましたが、再び感染が拡大、平均稼働率は一割に逆戻り。宴会の売り上げも七割の減収になりました。一方でレストランでは、感染対策をしっかり行いながら、ありがたいことに多くのお客さまが戻ってきてくださっています。やはり非日常を求めるニーズは大きいのだと思います。また、巣ごもり需要で惣菜やパン、ケーキなどの物販や、冷凍食品や缶詰、スープ、レトルトカレーなどのEC販売が大きく伸びました。前年比で三倍近くになっています。ここに大きなポテンシャルがあったことは、発見でした。

―コロナ禍を契機にして、取り組まれたことはありますか。

定保 帝国ホテル 東京では、九〇〇を超える客室数に対してその倍にあたる一八〇〇人体制でサービスを行ってきました。恵まれたマンパワー体制ですが、この考え方は引き続きそのままに、仕事の進め方はゼロベースで見直しをしています。省ける無駄は省いていく。接遇が必要
なところは充実させていく。また、成長しているEC事業のように、マンパワーが必要なところは増やしていく。コロナ禍が落ち着いたとき、効率的な体制でサービスを行えるようにしておきたいと考えています。現在、客室稼働率は下がっていますが、雇用は守ります。従業員は、財務諸表に載らない替え難い無形資産なんです。なんとしてでも維持したい。状況に応じて交代で休みを取ってもらい、雇用調整助成金を活用するなどしています。今は、お客さま
をお迎えする機会が減り、フルメンバーが揃そろう機会はほぼありませんが、みんな仕事をしたくてたまらないようです。人事部内に専門のセクションを立ち上げ、従業員が出向などで外の世界を経験してくる仕組みも作っています。人件費抑制の意味もありますが、新しい経験をしてくることは間違いなく将来に生きます。ありがたいことに、多くの企業からお声をかけていただいていまして、今も五〇名ほど話が進んでいます。

写真提供 株式会社帝国ホテル
取材・文 上阪徹



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本記事は、月刊『理念と経営』2021年5月号「特集」から抜粋したものです。

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