『理念と経営』WEB記事

普段はできない「何か」に今、取り組むことがコロナ後に生きるはずだ

和馳走 藏屋
店主 網藏育夫 氏
(日本料理店、東京都大田区、従業員2名)


 やむ気配のない新型コロナの脅威。さらに第三波の大波がとどめを刺すかのように、企業に深い爪痕を残す――。そんな、先が見えない状況が続くさなかでの取材だったが、2人の経営者に共通していたのは、「ピンチはチャンスだ」という揺るぎない信念だった。

薄利多売の居酒屋から、高単価の日本料理店に

 店を改装し、新たな業態で勝負をする。そのためには金融機関から少なからぬ額の借り入れをしなければならないが、網蔵育央氏に迷いはなかった。
「ここで自分が白旗をあげたら、従業員は仕事を失うし、売り上げが減って苦しんでいる取引先や魚河岸の人たちにとっても痛手となります。私がここまで来られたのは、そういう人たちの支えがあったからです。だから、彼らのためにも続けなければならない。そんなのは当たり前です」
 網蔵氏が地元蒲田に自分の店を開いたのは38歳のとき。高校を卒業してから20年間料亭で修行し、最後の8年間は料理長を任されていただけあって、料理の腕には自信があった。食事がおいしい居酒屋とすぐに界隈では評判になり、店は連日にぎわいをみせ、そろそろ二店舗目を出そうかと考えていた矢先、新型コロナの流行が経営を直撃する。
「2020(令和2)年3月後半から一気に客足が途絶えます。4~5月は緊急事態宣言で夜の営業ができなくなり、仕方なく弁当販売を始めたのですが、売り上げは前年の10分の1まで下がりました」
 この間はそれまでの蓄えを切り崩してしのいでいた網蔵氏だが、不思議と悲壮感はなかったという。
「このときはまだ2、3カ月辛抱すればコロナも収まって、また元に戻ると思っていたので、せっかくできた時間はその時のために、新しい料理の素材を見つけたり、技術を磨いたりするために使おうと、従業員とも話し合っていました」
 そうこうするうち新型コロナの流行もピークを過ぎる。6月半ばに店を再開すると、お客さんも徐々に戻ってきた。しかし、ホッとしたのもつかの間、8月になると第二波が到来する。
「この時点で、もう長期戦を覚悟するよりほかないと覚悟を決めたものの、当局からの、宴会、大皿料理、会話はダメという通達には頭を抱えました。これでは、この先居酒屋というスタイルで戦っても、とうてい勝ち目はありません。そこで、思い切って薄利多売の居酒屋から、少人数高単価の日本料理店に業態を変えることにしたのです」

何もしないのがいちばんのリスク

 そうなると、それにふさわしい雰囲気に店を改装するのはもちろん、空調設備やテーブルとテーブルの間のパーテーションなど、感染防止のための装置も必要になる。
「改装費が約700万円かかるうえに、工事中は店を閉めなければなりません。その間は売上がありませんから、痛くないといえばうそになります。でもこれは、自分とみんなが生きていくために必要な投資だと割り切りました。それに私はまだ40代、借金をしても返す力はまだ十分残っています」
 こうして生まれ変わった「和馳走 蔵屋」は10月15日に再スタートを切った。安心してゆっくり楽しんでもらうため、客席数を25から18に減らしたが、メニューを懐石のコース料理中心にして単価を上げたので、売り上げは逆に増えたという。
「飛び込みの二次会需要はなくなりましたが、ウチの味を気に入ってくれていた常連さんは、単価が上がっても離れないどころか、逆に居心地がよくなったと新しいお客さんを連れてきてくれるようになりました」
 上々の船出だったが、さらに試練は続く。冬場に来て新型コロナがまたも猛威を振るいはじめ、国からの要請で12月からは時短営業を強いられることになったのだ。だが、網蔵氏は動じない。
「こればかりはしょうがありません。でも、時間ができれば、農家や養鶏場に足を運んで直接生産者の話をきくこともできるし、包丁研ぎや養護施設で寿司を握るといった、普段できないボランティア活動もできる。店が普通に営業できるようになったとき、そういう経験が仕事に生きるのです。どんなときでも何かやれば、それが新しい未来をつくることにつながります。何もしないのがいちばんのリスクなのです」


取材・文 山口雅之
撮影 編集部


本記事は、月刊『理念と経営』2021年4月号「それでも負けない! 中小企業の底力」から抜粋したものです。


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本記事は、月刊『理念と経営』2021年4月号「それでも負けない! 中小企業の底力」から抜粋したものです。

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