『理念と経営』WEB記事

危機の時こそ イノベーションのチャンスだ

早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄 氏 × 株式会社神戸ポートピアホテル代表取締役社長 中内 仁 氏


神戸ポートピアホテルは開業以来、大型コンベンションを誘致できるホテルとして世界から多くの顧客を迎えてきた。ところが今回の新型コロナで人の往来が閉ざされ、大変大きな打撃を受けている。それでも中内社長は独自の取り組みで果敢に挑戦を続けてきた。そして今年は「両利きの経営」を目指すという。「両利きの経営」を日本に広めた立役者でもある入山教授との語らいの中で見えてきた、危機の時代の闘い方とは――。

いまの手本になっている
阪神・淡路大震災時の父の姿

中内 私は入山先生とは同じ慶應義塾大学出身ですし、同じようにアメリカの大学院で経営を学びましたので、勝手にシンパシーを感じております。ご著書も読ませていただいておりますし、今日は初対面のような感じがしません。

入山 ありがとうございます。コロナ禍でホテル業界は特に大変だと思います。危機に屈せず頑張っておられる様子を語っていただいて、読者の方々の励みになればと考えております。

中内 コロナ禍になってからよく思い出すのは、「阪神・淡路大震災」(1995年)のときのことです。当時、私はまだ20代で宴会部長でしたが、震災が起きてすぐ、父(ポートピアホテル創業者で当時の社長・中内力氏)から「復興対策本部長をやれ」と命じられました。

入山 当時のお父様の言葉で、印象に残っているものはありますか?

中内 私自身は現場対応に奔走していたので直接聞いてはいないのですが、震災翌日に、父が社員たちをホテルの宴会場に集めて言った言葉ですね。
 「この地震の被害は、ほぼ阪神・淡路に限られているようだ。ほかの地域はダメージを受けていないから、支援してくれるはずだ。皆さんの雇用は間違いなく維持するし、事業も継続する。心配するな」
 父は力強くそう語ったそうです。その言葉で社員もみんなホッとしたということを、後から伝え聞きました。

入山 震災直後にそういうメッセージを発するところが素晴らしいですね。

中内 父がそう言えた背景には、子どものころに戦中・戦後の混乱をくぐり抜けてきた経験がありました。「あのころの大変さに比べたら、大したことはない」と……。もちろん、大変痛ましい傷跡を残した震災ではありましたが、2、3年ぐらいで何とか元に戻ることができました。
 そのことが念頭にあったので、私もコロナ禍になってすぐ、社員を集めて「雇用維持と事業継続については心配するな」と話しました。父のまねができた気がしてちょっと得意になったんですが、その後、「あの大震災以上に、コロナ禍は大変な逆境だ」と気づいて、いまはまだ悪戦苦闘の真っ最中です。

入山 宿泊業は比較的固定費が重いし、ダメージは大きいと思いますが……。

中内 そうですね。うちの場合も、ひどい時期には売り上げが前年の10%くらいまでしかいかないありさまでした。
 ただ、先に光はあると感じています。というのも、宿泊・観光・飲食業などは大変でも、日本全体で見るとそうでもないからです。例えば、神戸の商工会議所の統計を見ると、昨年10月から12月の期で、前年よりも売り上げが伸びている企業が20%くらいあるんです。逆に、五割以上売り上げが下がった企業は、全体の10%くらいです。全部が全部大変なわけではありません。

入山 加えて、今年の半ばくらいからは全体的に景気が上向いてくるんじゃないかと、私は思っています。

中内 ええ。私たちにとっては慶應の先輩でもある星野リゾートの星野佳路社長が、コロナ禍以降、盛んにメディアに出て、宿泊業界のオピニオンリーダー的役割を果たしておられますね。星野さんも、「コロナ禍の収束までには最低1年半くらいはかかるでしょう」と見通しを示されて、「それまでは事業を縮小して感染拡大防止に協力し、その間、人材をきちんと維持しておくことが、宿泊業者の社会的使命だ」と語っておられました。同業の経営者として、その言葉に共感します。
 いまだからできることとして、組織改革をやったり、ネット予約を受けやすいように改善したり、いろいろな試みをしています。社員たちからも、「時間の余裕ができたことを利用して、資格取得のための勉強をしています」とか、前向きな声がたくさん届いています。

入山 そういえば、私が教えている早稲田のビジネススクールでは、社会人向けプログラムの志願者が、昨年、前年の1.5倍に増えました。「コロナ禍で空いた時間で研鑚を積みたい」と考えた人が多いのでしょうね。

中内 弊社でも3年前に、社員が関西学院大学の社会人ビジネススクールに通ってMBA(経営学修士)を取得したケースがありました。いまなら、時間的にもっと取りやすいかもしれません。

入山 そうですね。それはある意味でとてもいい傾向です。コロナ禍で空いた時間を、ただ漫然と過ごすのではなく、それを生かして研鑽を積む……そういう前向きな姿勢を保った人や企業が、コロナ後に一歩先んじるのだと思います。

「コロナ後」を見据えた
「攻めの姿勢」が大切

入山 コロナ禍を経験することで、ホテル業は根本的に変わるのか。それとも、コロナさえ収束すれば従来と同じ形に戻るのか。今日、中内社長にいちばんお聞きしたかったのは、そのあたりの見通しなんです。
 例えば、帝国ホテルが最近、レジデンス(長期滞在向け利用)的なことを始めました。1カ月(30泊)36万円で帝国ホテルに「住める」というプランです。予約が一瞬で埋まってしまったらしいですね。

中内 通常の宿泊料金を考えれば、破格の安さですからね。

入山 ええ。その倍は取ってもいいんじゃないかと私も感じました。プランの実施期間は今年3月から7月だそうですから、コロナ対応なのでしょうが、これを機にコロナ後もレジデンス事業をやっていくのかもしれない。そうだとしたら、コロナがホテル業界にもたらした変化の一つでしょう。

中内 外資系のホテルはだいたい、コロナ以前からレジデンス事業も手掛けています。ただ、それはホテルを建てた時点からレジデンス用の部屋を作ってやっているんですね。そういう部屋の用意がないホテルは、なかなかレジデンスに踏み切れなかったと思います。帝国ホテルが踏み切ったおかげで、今後は「うちもやろう」というところが出てくるでしょう。
 帝国ホテルは、格式が高いのに、先進的な取り組みを積極的にされるんですよ。私はコロナ禍になってから、まず最初に帝国ホテルに話を聞きに行きました。それは、感染症対策がいちばん進んでいたからです。
 コロナ対応の陣頭指揮を取っておられる定保英弥社長が、全社員から感染症対策のアイデアを募ったところ、非常にたくさんのアイデアが集まったそうです。レジデンス事業への挑戦も、おそらくその一つだったのでしょう。
 帝国ホテルは、バイキングレストランを非接触に変えた「オーダーバイキング」(全テーブルに置かれたタブレット端末から注文する)をいち早く始めました。それも社員さんから出てきたアイデアだと思います。

入山 格式の高さに安住せず、社員のアイデアを積極的に取り入れて対策を打っていく――その「攻めの姿勢」が素晴らしいです。

中内 見習わないといけませんね。うちのホテルは国際会議が得意分野ですが、コロナ禍で海外から人が集まれなくなってしまった。そうした中で打開策として、ウェブを使った「ハイブリッド型コンベンション」を始めました。つまり、ホテルまで来られる人はリアルで参加し、来られない人はオンラインで参加する形の国際会議です。
 例えば、昨年行ったある医学関係の国際会議は、リアル参加者は1000人程度だったものの、配信での参加者は2万人に上りました。その全員が参加料を学会事務局に払うので、収支的には問題なく成功しました。
 コロナが収束しても、国際会議の世界はなかなか元には戻らないかもしれません。ただ、ハイブリッド型の国際会議が一般的になれば、それが一つの突破口になり得るかもしれません。これは、コロナ禍がなければできなかった新しいチャレンジだと思います。

撮影 中村ノブオ

本記事は、月刊『理念と経営』2021年4月号「巻頭対談」から抜粋したものです。


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本記事は、月刊『理念と経営』2021年4月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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