『理念と経営』WEB記事

理念があるから、ぶれずに行動を起こせる

株式会社エアウィーヴ 代表取締役会長兼社長 高岡本州

まったくの異業種から寝具業界に本格参入し、今ではブランド調査でも高い認知度を誇る「エアウィーヴ」。常に先を読み、危機においても小さな可能性を見逃さない高岡さんの視線の先にあるものとは――。

会社を継ぐことは宿命

  高反発マットレスの製造・販売を行うエアウィーヴの代表・高岡本州さんには、会社経営を行う上で胸に留め続けてきた言葉がある。それは今から35年前、父親が社長を務めていた日本高圧電気株式会社に入社し、一社員としてさまざまな業務を担い始めた頃のことだ。

 慶應義塾大学のビジネススクールで経営学を学び、海外留学からも帰った彼は当時、事業方針をめぐって父親と意見が合わないことが多かった。ことあるごとに対立する2人を見かねたのだろう、会社の「番頭」と呼ばれていた古参の役員から、あるときこう諭されたという。
「戦国時代で言うと、おまえは日本高圧電気という、小さいかもしれないが一国の大名の息子なんだ。親父とけんかをしていても始まらないだろう」

 こう言われ、はっとしたと高岡さんは回想する。父を継いで会社を存続させていくのは、自分にとって生まれながら宿命のようなものなんだ――。そう強く自覚してみると、父親の考えを受け入れながら、自分なりの努力を続けていこうという気持ちになったからだ。

 「事業を守るということは、社員とその家族を守るということ。それが自分の定めなのだ、と。その思いは僕の仕事観のベースであり続けています」

寝具から生み出した新市場

  37歳のときに日本高圧電気の社長に就任した。エアウィーヴの事業を始めたのは、伯父の会社「中部化学機械製作所」の経営を引き受けた2004(平成16)年のこと。同社は釣り糸の押出成形機を製造していたが、業績の悪化に苦しんでいた。高岡さんは当時、もともと持っていたクッションや緩衝材を作る技術をベッドのマットレスの製造に転用してはどうかと考えたのだ。

 日本高圧電気から技術者を集め、体に負担のかからないマットレスの研究・開発を指示した。出来上がった製品の販売はしばらく苦戦が続いたものの、すぐに水泳の北島康介選手など一流アスリートが愛用し始め、製品の質の高さは当初から折り紙つきだった。その中でエアウィーヴは知名度を高めると、10年後には年間売上高100億円を超え、寝具ブランドの一翼を担う急成長を遂げた。

 この成功の要因について語るとき、高岡さんは「エジソンの電球の発明は、なぜ革命的だったのか――」と謎をかけるように言う。

 「それは彼の発明によって、これまで昼にしかなかった市場が夜にも作り出されたからです。僕らが寝具の業界で目指したのも同じ。『眠りを科学する』ことで高品質な寝具を開発し、『眠りの質』という新たな市場を作り出したんですね」

 例えば、高岡さんはスタンフォード大学と睡眠の共同研究を行い、浅田真央さんにブランドアンバサダーを依頼。なぜエアウィーヴが一流アスリートに選ばれるのか――という「ストーリー」を浮かび上がらせるマーケティングを意識してきた。

 「著名人を広告に起用するだけではブランドは作れない。では、どうすればいいか。エアウィーヴが根幹とする理念に『The Quality Sleep(眠りの世界に品質を)』という言葉があります。さまざまな手法で睡眠を可視化し、その質を上げていく。マットレスはその一つの手段であるわけです。多くの一流にエアウィーヴが採用された実績を、浅田真央さんの『光』によって照らし出すのが、僕らの取った手法でした」

取材・文 稲泉 連
撮影 伊藤千晴


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本記事は、月刊『理念と経営』2020年11月号「小特集」から抜粋したものです。

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