『理念と経営』WEB記事

中小企業のDX戦略―ポストコロナに向けて考える経営の未来

有限会社ゑびや代表取締役社長 小田島春樹
一般財団法人日本総合研究所会長 多摩大学学長 寺島実郎


創業100年を超える老舗食堂を、ITフル活用のデータ経営で売り上げ5倍へと導いた小田島社長。観光地の食堂という、コロナ禍の影響を最も深刻に受ける立場でありながら、未曽有の事態に意気軒昂に立ち向かっている。数年前に出会い、以来、若手経営者として注目してきたという寺島氏との語らいから、ポストコロナに向けて中小企業経営者がどう立ち向かうべきかを考える。

日本の民度の底力が発揮された

寺島 今日のテーマは、「日本の中小企業経営は、ポストコロナに向けてどう転換すべきか?」ということです。
私は、今回のコロナ危機によって、いわゆる「デジタル・トランスフォーメーション」(DX)の動きが、企業経営においてもいっそう加速すると見ています。小田島社長は、伊勢神宮のおはらい町にのれんを掲げる老舗食堂を、AI、ITをフル活用したデータ経営によって改革し、見事に業績を回復させた。その意味で「中小企業のデータリズム戦略」の最前線に立つ方ですから、このテーマを語るにふさわしい方だと思います。

小田島 恐縮です。

寺島 大局的なところから語ると、コロナ禍以降の企業経営の現状は非常に厳しいですね。平成の初めごろ、日本のGDP(国内総生産)が世界に占める比率は16%でした。それが平成の30年でどんどん下がってきていたところに新型コロナが直撃し、直近の経済予測では数年後に3%台まで下がるとされています。また、「コロナ倒産」もすでにかなりの数に上っている。特に、小田島社長の「ゑびや」は観光地の食堂ビジネスですから、二重の意味でコロナの影響を最も深刻に受けざるを得ない立場です。

小田島 そうですね。飲食店と小売店事業に関しては、3月の売り上げが前年比75%減、4月が95%減、五月は休業もしましたので99%減という状況です。

寺島 それほど厳しい現状の中、どう闘っておられるかはのちほど語ってもらいます。日本全体について言えば、政府が頼りないにもかかわらず、コロナによる死者数はアメリカより2桁も少なく抑えられています。私はそれを、日本の民度の底力が発揮されたからだと考えています。近年は格差が拡大しつつあるとはいえ、日本はまだ中間層に厚みがあって、意識が高い人が多いことが感染拡大防止につながっているのです。そうしたことも前提として踏まえた上で、語ってまいりましょう。

「脱・勘と経験」のデータ経営

寺島 読者のために、小田島社長の「データ経営」とはどのようなものか、簡単に説明してください。

小田島 はい。ゑびやは1912(大正元)年に伊勢神宮のお膝元で創業された、食堂・土産物屋です。私が入社したころもまだ手切りの食券とそろばんで経営がなされていました。
そこで私は、数年がかりで経営のデジタル化・データ化を推進しました。いわば「脱・勘と経験」の取り組みです。それまではスタッフの勘と経験に頼ってなされてきた意思決定を、すべてデータに基づいて行う形に変えました。IT化によって仕入れや現場の効率化も進めました。入社前と比べて売り上げは約5倍に伸びています。

寺島 最先端のAI開発者たちは、経験や勘を否定しているわけではないですね。むしろモデル構築にあたっては、現場のベテランたちに話を聞き込み、「彼らが経験や勘によって何を見抜いているのか?」を発見し、それをAIプログラムに落とし込んでいく。言い換えれば、「勘や経験のデータ化」をしているのです。

小田島 おっしゃる通りです。経験豊富なベテランにしかできなかった判断を、データ化によって誰にでもできるようにするのがデータ経営なのです。

寺島 コロナ禍との闘いに、データ経営はどう生かされていますか?

小田島 例えば、コロナの影響による店舗の休業もデータによって決めました。弊社では伊勢の通行客数の推移を、街のあちこちに貼り付けたセンサーで自動的にデータ化しています。そこに各種データも組み合わせて、「通行客数が2000人を切ると店舗の利益はマイナスに転じる」ことを割り出しました。その時点で休業を始めることが最も合理的で、損害も最小になるのです。そうした意思決定はデータに基づいて行い、余計な感情を持ち込まないようにしています。

寺島 ゑびやだけがデータに基づいて賢明な判断をしても、近隣の店や商店街全体、ひいては伊勢市全体がその方向性を共有しないと、うまくいかないでしょう。こうした危機のときこそ、「外知恵とのネットワーク」が中小企業経営にとって重要になると思うのです。

小田島 伊勢地域の若手経営者の集いがありまして、ゑびやがデータを基に生み出した知恵は、そこで共有しています。「ゑびやが休業したからうちも休業しよう」という形で、1つの指標を提供する形になっています。また、他地域との連携も進んでいます。例えば、沖縄の商店街にも弊社の調査データを提供して、分析の参考にしてもらっています。

寺島 老舗食堂にデータ経営を持ち込むまでには、大変なご苦労もあったでしょうね。

小田島 そうですね。「パソコンなんかいらない」という年配社員の考え方を変えることから改革が始まりました。(義父である)先代からの事業承継も、経営を巡って激しくぶつかり合った末のことでした。

寺島 重要なお話です。企業を大きく変えようと思ったら順風満帆なんてあり得ません。社内の抵抗勢力と誠実に対話を重ねて変えていくしかないのです。

構成 前原政之 
撮影 中村ノブオ(寺島実郎氏)、亀山城次(小田島春樹氏)

本記事は、月刊『理念と経営』2020年8月号「小特集」から抜粋したものです。

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