『理念と経営』WEB記事

求められるのは他者のために尽くす行動力だ

諏訪中央病院名誉院長 作家 鎌田 實
シンガー・ソングライター 小説家 さだまさし

チェルノブイリの原発事故被ばく地やイラクの難民キャンプ支援を続ける医師と、「風に立つライオン基金」を設立し社会貢献をする歌い手。長い交流がある鎌田實先生とさだまさしさんが語り合う、仕事、そして生きる上で変わらない普遍的なメッセージ――。

自分ファーストの時代だからこそ
「誰かのために」という思いを持つ

鎌田―いまの時代を見ていると、僕は日本だけじゃなくて世界全体が自分中心というか、自分ファーストになってきているように感じています。自分さえよければという考えが徐々に強まっているように思えてなりません。

さだー確かに、それは感じますね。

鎌田―そんな時代だからこそ、自分ファーストではなく意識して「誰かのために」と思うことが大切だと思うし、そのことで生きる意味が見えてくるのではないかと思います。自分のためだけに生きているのでは、なかなか生きる意味が見えてこない。経済的に成功した人がいても、生きる意味が感じられないとしたら実に寂しいですよ。

さだーいま、お金がすべてでしょう。本当に拝金主義ですよね。お金を持っているというだけで尊敬の対象になるという……。本も読まなくなったから、日本人の語彙がどんどん少なくなっていて、例えば「守銭奴」なんて意味がわからない人が多いですよね。

鎌田―特に若い世代は知らないでしょうね。

さだー昔は守銭奴と呼ばれたら人間の恥みたいな感覚がありましたよね。ところが、いまは逆でしょう。先生、この現実はどこから変えられるんだろう……。去年の出来事で僕が一番つらかったのが、アフガンの人たちのために活動を続けていた中村哲医師が殺害されたことでした。鎌田先生もチェルノブイリやイラクで子どもたちを救う活動をしているでしょう。そういう活動をしている日本人がたくさんいることを、もっと日本人は知るべきだと思う。

鎌田―ええ。それは大事なことですね。

さだー僕も「風に立つライオン基金」を始めてから、海外や国内で頑張っている日本人の支援をしています。皆さん名誉やお金のために動いているわけじゃない。僕は、そういう人のことを歌っていくのが仕事なのかなと思っているんです。だけど、どれだけ力になっているのかわからなくて悩んでもいます。

鎌田―いや、まさしさん。例えば「風に立つライオン」という歌には多くの人が背中を押されていると思うよ。僕もイラクの難民キャンプや、チェルノブイリの放射能の汚染地域で子どもの診察をしているとき、この歌が聞こえてくるような気がしますから。

さだーうれしいなぁ。でも、先生。先生たちのような行動力こそ、いまの日本人に一番必要なことかもしれませんね。

鎌田―そうかもしれません。まさしさんが「風に立つライオン基金」を立ち上げたのは、いつでしたか。

さだー2015(平成27)年です。きっかけは東日本大震災でした。震災後、初めは恐る恐るでしたけど、休みの日は東北に行くと決めて毎月歌いに行ったんです。すると、その年の9月に台風で奈良の十津川村がやられ、和歌山の那智勝浦町がやられ、その翌年、大分の日田市がやられ……ひどいことになったんです。そこで思い立って、北海道の北見から放送したテレビの生番組で呼びかけてチャリティーをしました。そのお金を持って日田に行って、そこでも「がんばれコンサート」というのをやった。

鎌田―大切なのは、その行動力ですね。

さだー日田で無料コンサートをしたら、ただで聞かせてもらって、お金までもらって、手ぶらで帰すわけにはいかないと募金活動が始まったんです。北見から200万円近いお金を持って行ったのに、日田で240万円預けられました。今度はこれを那智勝浦に持って行くと、また「このまま帰せない」と募金活動が始まって320万円預かって……。まるで〝わらしべ長者〟みたいになったんです。

鎌田―本当だね(笑)。

さだー今度は、そのお金を仙台での年末カウントダウンに持って行って宮城県の2つのグループに分けたんです。そのとき、あるスタッフが「もう個人で、手弁当で続けていくのは無理だ」と言い出して、それでつくったのが「風に立つライオン基金」なんです。ただ、この基金をつくったおかげで、熊本の震災のときでもすぐに駆け付けることができました。やはり、こうしたことは個人ではできないと思いますね。

鎌田―大震災が起こったとき、まさしさんは「鎌田先生はドクターだからいいなぁ」って言っていましたね。「行けば何かの役に立つ。俺たち歌手は駄目だ」と言っていたけれど、被災地に1回行ったら歌がどれほど大きな力になるかわかったんじゃないですか?

さだーそうなんです。東日本大震災に教わったことは非常に大きくて、僕の人生に対する考え方が変わりました。最初は石巻の避難所に行ったんです。みんな笑って、泣いてくれるんです。僕なんかの歌を聞いて泣いている。「震災で心が動かなくなっていたけれど、あれ以来、初めて泣いた」といった声が聞こえてくるわけです。「元気が出た」と。泣くこともできない状況だったのが、泣いて元気って出るんだなと思って……。こんな歌で喜んでくれるのなら行かなくっちゃ、というので行き始めたんです。

鎌田―避難所では、泣きたいんだけれど泣いたら隣の人に申し訳ないだろうと、みんな必死に耐えているんです。その気持ちを、まさしさんの歌が解放してくれたんだね。

さだー歌で人生を支えられないのはよくわかっているんだけど、一時のつらさをちょっと忘れたり、このままじゃ駄目だなと思ったりするくらいの力はあるんだな、そうなら行こうって。僕は、被災地で〝歌は微力だけど無力じゃない〟ということを学びました。

鎌田―全然無力じゃない。歌の力は大きいですよ。2人で岡山県の総社市に行きましたよね。2018(平成30)年の西日本豪雨のときでした。あのとき、高校生が大活躍しましたね。

さだー高校生の力って、あんなにすごいのかと思いましたね。

鎌田―被災直後に総社市の市長(片岡聡一氏)が、「とにかく命が大事です。逃げてください」と避難勧告を出したら、高校1年生の女の子が……。

さだー「私たちにできることはないですか。自宅待機はまっぴらです」と、市長にツイートしたんですよね。

鎌田―そう。すると市長から、「明日の朝、市役所に手伝いに来てください」という返事が来た。

さだーそれを、その子が拡散してくれて、翌朝には4つの高校、3つの中学校から1000人もの生徒が市役所に集まりました。

鎌田―そうでした。

さだーあの水害の翌日ですよ。片岡市長は、「自衛隊は一番ひどい所に行ってくれ」と胸を張って言えた、と言っていました。「うちの町には高校生がいる」って。

撮影 中村ノブオ

 

本記事は、月刊『理念と経営』2020年4月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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