『理念と経営』WEB記事

私にしか表現できない 色、焼き方があるはずや!

陶芸家 神山清子 氏

陶芸家の神山さんは、NHKで放映中の『スカーレット』に登場する主人公のモデルの一人として知られる。釉薬を使用せずに焼き上げるその「信楽自然釉は、今や世界的にも高い評価を受けるまでになった。だが、これまでの人生といえば、まさにドラマさながらの波瀾万丈の日々だった――

私にしか表現できない色、焼き方があるはずや!

青く晴れ渡った空から眩しく澄み切った陽光が、長閑かな山間に建つ赤いトタン屋根の建物を照らしていた。その日は冬とは思えないほどの暖かさだったが、小高いいくつもの山に囲まれた信楽町の陽はそれでも浅く、午後も夕方が近づくにつれて、ひんやりとした冷気が山の匂いとともに周囲を覆い始めた。
「この季節の土は冷たいねェ」
作業場で粘土をこねながら、神山清子さんが言った。
今年八月で84歳になる彼女は、NHKの朝の連続ドラマ『スカーレット』の主人公のモデルの一人として知られる。この信楽町の小さな作業場を拠点に半世紀。その作品は日本のみならず、世界でも高い評価を得てきた。
「私は闘わなければならなかったんです」と、彼女は続けた。
「作品で闘うためには、みんなと同じものにはしたくなかった。形にしても何にしても。憎まれようが、何だろうが、誰もできない形と色を追求したのね。そうしなければ、食っていけなかったから。土は秘密の土、焼き方も秘密の焼き方。そうして作ったものが、いつの間にか自分の表現になっていたの。だから、作家になりたい、みたいな夢は全然なかったのよ」
こうした話をしている間も、彼女は手を動かしていた。一見すると何ともない手つきだが、手元にはいつの間にか手びねりの花瓶の形ができ始めている。やわらかで無駄のない動き、というのだろうか。
「静と動。その作品がじっとしているのではなく、今にも動き出しそうな魅力的な形と色を、ただ一つの線、ただ一つの場所で表さなあかん」
しばらくして糸で面取りをすると、そこには師匠の八木一夫氏から「全てのものには天に昇る力がある」と教えられたという、そんな「神山作品」の造形が立ち上がっていた。
「私がここで作品を作り始めた頃は、女がまったくいない世界でしたからねェ。女であるということで、本当にいろんな差別を受けたものです。だから、逆に私は陶器に打ち込んだんじゃないかな、と思うんです。『負けたくない』という気持ちが差別されるほどに湧いてきて、作品で闘って勝つんだ、という思いにつながった。蹴飛ばされると、向かっていきたい気持ちになりますよ。私はね、昔っからずっとそう」
悟ったような口調でそう語るのは、彼女のこれまでの人生があまりに波瀾万丈なものだったからだ。

「いい作品を作れば勝てるんや」

神山さんは1936(昭和11)年、長崎県の佐世保市に生まれた。信楽に来たのは終戦の1年前の44(同19)年。炭坑で働いていた博打好きの父親は、仕事場で徴用工を助けて官憲に逮捕されたこともあったという。そうして逃げるようにしてやって来たのが、現在も暮らす信楽の山間だったそうだ。信楽は言わずと知れた焼き物の町である。幼い頃から絵が得意だった彼女は中学校を卒業後、陶器に絵を描く「絵付け」の仕事をするため、地元の職人のもとに弟子入り。その後は陶器製造の会社で働いた。だが、当時の信楽では陶器の世界に女性が関わることはなく、さまざまな「いじめ」にも遭ったという。だが、それでも絵付けの才能を認められ、20代のときにそこで出会った陶芸家の男性と結婚。一男一女の母にもなった。神山さんが陶芸家として頭角を現すのは30歳になった頃、知人の勧めで作品を公募展に出すようになったのがきっかけだった。

本記事は、月刊『理念と経営』2020年3月号「人とこの世界」から抜粋したものです。

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