『理念と経営』WEB記事

企業の原点は「不快を快に変える」社会貢献である

早稲田大学ビジネススクール教授 内田和成  ×  ユニ・チャーム株式会社 代表取締役社長執行役員 高原豪久

四国の小さな会社を東証1部上場企業にまで育て上げた父、高原慶一朗氏。
そんなカリスマ経営者からバトンを渡された高原社長は「本業多角化、専業国際化」で世界を目指した。
ユニ・チャームの製品で、世界中に赤ちゃんから高齢者、ペットまであらゆる世代が健やかに暮らせる社会をつくりたい―。同社が目指す企業の存在意義とは。

「仮説思考」と「OODAループ」はなぜ、企業経営で注目されるか

-ユニ・チャームは、「女性が生活の中で感じる不安や不満を少しでも解消したい」という思いからスタートし、生理用ナプキンの製造・販売を皮切りに、独創的な技術や商品を開発してきました。
そして、生理用品分野で培ったコア技術を活かし、ベビーケア用品、ヘルスケア用品など事業分野を拡大し、育児や介護、家事といった、人々の日常生活をサポートする姿勢を貫いてきました。
高原豪氏が、二代目経営者として社長に就任した2001(平成13)年には、売り上げに占める海外の比率は一割ほどでした。しかし、今や、世界約80の国や地域に進出して、海外売上高比率は約六割を占め、不織布・吸収体ビジネスにおけるシェアアジア一位、世界3位と存在感を示し、売上高も四倍に押し上げました。

高原豪久氏が、2代目経営者として社長に就任した2001(平成13)年には、売り上げに占める海外の比率は1割ほどでした。しかし、今や、世界約80の国や地域に進出して、海外売上高比率は約6割を占め、不織布・吸収体ビジネスにおけるシェアアジア1位、世界3位と存在感を示し、売上高も4倍に押し上げました。

内田 - その成長の背景には、高原社長ならではの経営哲学がありますね。今日はその点をじっくりお伺いしたいと思いますが、まず、高原社長は今、経営者として一番力を入れているのは何ですか。

高原 - グローバル展開をしていくためにも、顧客の関心を正確に解明することです。今は昔と違って、手軽に大量のデータを得ることができます。いわゆる”ビッグデータ”です。しかし、その情報の質は”玉石混交”で、質的な課題を明らかにすることは難しいと感じています。データで顧客の傾向はわかりますが、経営者が知りたいのは、「なぜ、そうなったのか」という本質にかかわることです。
先生のご著書の『仮説思考』にもありますが、こうした経営課題の本質を迅速かつ正確に解明し、解決策を導き出すために、われわれも実は、「OODAループ」という思考法を使い始めました。観察(Observe)、状況判断(Orient)、意思決定(Decide)、行動(Action)の頭文字をとったものですが、これらを順番に回していく。ある意味で、仮説思考をより実践的に言い換えたものです。

内田 - 仮説思考は、仕事を進める上でまず答えありきで物事を考える方法論です。情報を集め過ぎて時間切れになるよりも、先にまず仮の答え(仮説)を立てて、それを検証することからスタートする。そして、それで立証できないようであれば、新たに仮説を立て直す、というサイクルを繰り返します。仮説思考が身に付けば、限られた情報で正確に課題を発見し、早い段階で問題解決にこぎ着けるわけです。その点、OODAループも同じですね。

高原 - はい。「OODAループ」は、米軍のパイロットが戦場で刻々と変わる状況を正確に判断し、行動するために導き出された実践論です。戦場では、計画だけにとらわれていては多くの命が危険に晒されます。そのために戦地の状況次第では当初の計画に拘せずに行動する必要があります。つまり、平時の業務管理から考えられたPDCAとは重要視するポイントが違うのです。
戦闘機のパイロットは、例えば視界に入った光を敵機の反射なのか太陽の輝きなのか、あるいは別の物なのか、という本質をその場で瞬時に見極めます。これが観察です。次に、右に行くべきか左に行くべきか、あるいは高度を上げるべきか下げるべきか……といった状況判断をします。その後、意思決定をし、これに基づいて即、行動する。結局、『仮説思考』で書かれていることと「OODAループ」は同じことですね。
当社では『仮説思考』と続編である『論点思考』を必読書にしていますが、いかに筋の良い仮説を見いだすか。そのためにこそ、OODAループの訓練を続けなければいけないと思っています。

内田 - そうですね。繰り返し、学習のループを積み重ねていくことです。高原社長のユニークなところは、理論をかみ砕いてわかりやすくした上で、徹底させるところですね。はたから見てやり過ぎではないかと思うほど徹底させます。だからこそ、最終的に社員が自分のツールにできるのですね。

高原 - ありがとうございます。

内田 - 高原社長もおっしゃるように、データは昔に比べて簡単に手に入るし、買うことだってできます。しかし、データにおぼれてはいけません。そこで先ほどの「観察」や「状況判断」が大事になってきますが、ご自身はどのようにして、観察から意思決定までされているのですか。その際、現場の意見をどのように活用していますか。

高原 - 私は可能な限り小売店の店頭や、消費者の家庭訪問に時間を割くようにしています。インドや中国ではマーケター(マーケティング戦略立案者)や商品の開発担当者と、さまざまな家庭を訪問し、直接、顧客である消費者の生活環境に触れるようにしています。マーケターや商品開発の担当者が持ってくるプランが、本当に重要な切り口なのかどうか、自分の五感で得た情報で判断するためです。
さらに、私は「共振の経営」と言っているのですが、社員と経営層の間を”振り子”のように双方向のコミュニケーションが頻繁になされ、現場の知恵を経営に活かし、現場の社員も経営層が考えている事を理解して日々の活動にあたり、互いの考えに共鳴・共振しながら目標に向かって進んでいくことを大切にしています。そのために、毎週の会議や、若手社員との飲み会、ブログでの社長メッセージの発信など、多種多様なコミュニケーションを重ねています。

環境の変化を、結果を出せない「言い訳」にしてはいけない

内田 - マネジメントには、プロセス管理と結果管理の二つの方法があります。プロセス管理は行動をきちんとやれば、すぐには結果が出なくても、いつかは結果につながっていくという考え方です。一方、結果管理は途中サボろうと何をしようと、結果を出せればいい。高原社長はこの両方がしっかりリンクしていなければ、納得しないという考えですか。

高原 - 「結果に責任を持つ」ことは、なかなか難しいですね。為替が変動した、原材料価格が高騰した、といった環境の変化を、結果を出せないことの言い訳にしがちです。しかし、それは必ずしも、今に始まったことではありません。その幅が急激だったり大きかったりするだけの違いです。途中で軌道修正をすれば、何とかなることが多い。絶えず軌道修正をしながら目標を達成していくという柔軟な思考を重視しています。

内田 - これだけ環境変化が激しい時代の経営者は、フィードバックのOODAループを何度も回さなくてはなりません。それを今度は、現場の方に実際にやってもらうために、どのようなことに取り組まれていますか。

高原 - 当社では、企業理念や行動指針、共有すべき価値観など日々の業務に役立つことを『ユニ・チャーム・ウェイ』という冊子にまとめています。これを日本語、英語だけでなく、それぞれの国の言語に翻訳して、世界の全社員で活用しています。

内田 - 会社全体で価値観を共有するやり方はわかりましたが、一方で社員の自主性を尊重するためにどんな方法を取っていますか。

高原 - 現在の中期経営計画は2020年までの目標ですが、概ね3~4年ごとに立案をしています。しかしながら環境変化が激しい今日ですから毎年見直し、常に3年先を展望する「ローリング中期計画」方式にしています。また、部門や法人単位で1年、半年の事業運営計画を立案し、取締役会で諮問するようにしています。その後、社員一人ひとりが月別のアクションプランにまで落とし込む半期計画を立案するようにしています。この半期計画を基にして、毎週作成する日別30分単位の行動予定表がありますが、これはスケジュールを記すだけでなく、その時間に実施する活動の目標や成果目標まで、きちんと書くようにしています。

内田 - それは、トップダウンで降ろしていって、目標を細分化していくわけですね。

高原 - そうです。しかし、『ユニ・チャーム・ウェイ』には約10種類の冊子をはさみ込んでいますが、その中に、自分の10年後のキャリア目標を記入する「私のキャリアビジョン&キャリアプラン」というフォーマットがあります。この社員一人ひとりが自分で設定したキャリア目標と会社が目指している方向とをすり合わせするために、四半期単位で上司と部下で面談をしています。

内田 - では、特に、これからグローバルで戦っていかなくてはいけない会社として、日本人社員の育成をどのようにお考えですか。

高原 - 「何のために仕事をするのか」ということをしっかり認識することが最も大事です。例えば、女性用や赤ちゃん用、大人用、ペット用もそうですが、あらゆる生活者の「不快に感じていることを快適に変える」ということに、ユニ・チャームへの入社を考える学生の方たちはやりがいを感じています。結局、企業の原点は「社会貢献」ではないでしょうか。それを、会社というフィールドを使って経験をしてもらい、効率的に学ぶ機会にしてもらうことです。

内田 - 高原社長は、入社した人にやりがいをサポートする場をつくってあげれば、その人たちも成長するし、続けていけば、優秀な人材が入ってくるという好循環も生むとおっしゃっていますね。しかし、中小企業は今絶対的な人手不足で、人が採れません。かつ、「うちみたいな会社には優秀な人に来てもらえない」と、ある種の諦観がある。

高原 - しかし、大企業も中小企業も同じではないでしょうか。

内田 - なるほど。社員自身が何のために働くのかということを理解してもらう場は重要ですが、すべてを満たすことはできません。そこで、「うちの会社はこういうためにある」という部分を示しておけば、そこに賛成する人が入社してくるようになるということですね。

撮影 中村ノブオ

本記事は、月刊『理念と経営』2019年3月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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