『理念と経営』WEB記事

今こそ、経営者は「知の再武装」をしなければならない

キャスター 国谷裕子 氏  ×  一般社団法人日本総合研究所会長 多摩大学学長 寺島実郎 氏

今や、データを握る者がすべてを支配する――。
日本はかつて、「ものづくり国家」として高度成長を遂げてきたが、それだけでは世界に伍して付加価値を拡大することができなくなった。
この「デジタル専制」の時代に、日本はどのようなイマジネーションと構想力を持って向き合っていけばよいか。
「地球規模」の観点から議論する。

トヨタは時価総額が、アップルの4分の1以下の会社なのですか

国谷 - 寺島さんは、世界や日本の動きを大局的にご覧になっていますが、二〇一八(平成)年を振り返って気にかかるトレンドは何ですか。

寺島 - 企業経営の観点から言えば、ダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)で出された「デジタル専制」(AIと情報を独占したごく少数のエリートによって支配される世界)という言葉が一番重いテーマです。
シリコンバレーにあるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフトの「ITビッグ5」――頭文字をとって「GAFA+M」と呼んでいるのですが――の株価の時価総額が4兆ドル(日本円で約442兆円)を超し、アップル、アマゾンに至っては1社で100兆円を超しています。
それは、日本の大企業が規模感からいって中小企業になったというほどの衝撃です。つまり、トヨタの時価総額は23兆円ですから、「トヨタは時価総額がアップルの4分の1以下の会社なのですか」というイメージです。
日本の時価総額のトップ5を足しても62兆円です。中国のIT2社のテンセントとアリババが103兆円ですから、〝縮む日本〟というか、IoT、あるいは、第四次産業革命といわれている状況を象徴しています。
「株価の時価総額なんてそんなに大切な話なのか」と聞く人がいますが、会社は時価総額を超えたリスクは取れませんし、プロジェクトも出ません。(時価総額はいずれも2018年7月時点)

国谷 - 確かに。

寺島 - 至近の話では、バブルのシンボルともいわれた六本木ヒルズの26〜30F、43F、44Fのフロアを占めていたグーグル・ジャパン本社が、渋谷の再開発で東急プラザの後に建った超高層ビル「渋谷ストリーム」に移り商業エリアとホテルエリアを除く、すべてのフロア(14〜35F)に、1300人を超える従業員が入ります。渋谷は、NHKとグーグルの街になるという話です。

国谷 - そうなんですか。それは知りませんでした。

寺島 - 要するに、「デジタル専制」という言葉は、アメリカの5つの会社と中国の2社のことで、最近、「ニュー・セブンシスターズ」と言い始めています。
かつて、世界の石油を管理していた7社のオイルメジャーが「セブンシスターズ」と呼ばれましたが、代わって、デジタル・エコノミー(コンピューターによる情報処理技術で生み出された経済現象)を象徴するIT7社が新しく、「セブンシスターズ」になったというわけです。
日本は今や、「ものづくり国家」なんて言っているだけでは付加価値を拡大できなくなってきた。この事実に、新しいイマジネーションと構想力で向き合っていかなければいけない時代がきた、というのが私の認識です。
この七つの会社の業態を「プラットフォーマーズ」と言います。プラットフォームは「データ」です。データを握る者がすべてを支配する、という時代状況に入っているわけです。

国谷 - 日本では、そうした存在感のあるプラットフォームを持つデジタル企業はないですね。テンセントもアリババも中国13億人の大量のデータを集積できるし、グーグルやフェイスブック、アップルなども、世界中の利用者からデータを集積している。データの量で競争の条件がつくられるわけで、「強い企業」の条件が根本的に変わったということですね。

寺島 - 技術や経済が段階的な発展過程を飛び越えて一気に進歩することを〝蛙跳びの経済〟と言いますが、固定電話が少ない中国では、携帯電話が一気に普及していきましたね。しかも、「IT革命」は「いつでも、どこでも、誰でもアクセスできるネットワーク情報技術革命」といわれるように「平準化技術」です。
日本はハードウエアとしてのものづくりに対する自信とこだわりがあったがゆえに、ソフトウエアの分野では劣後しましたが、それは日本の産業特性であると同時に、経営の視界の一つの壁ではないでしょうか。
例えば、アマゾンという会社が登場してきたときに、多くの日本人は「ネットを使った本の通信販売会社」程度の認識でした。ところが、そのアマゾンにファンドなどが資金を投入して、とどまることなく市場価値を肥大化させています。ウォール・ストリートでは、アマゾンが「金融」に入ってくるのではないかと、戦々恐々としています。
だから、こういう状況についていける柔らかい頭が問われていると、最近つくづく思います。

国谷 - AIによる信用度評価で資金を融資するのかどうか。一般の人々の少額の融資なら、銀行員が判断するよりも早くて正しいですから、金融もだんだん攻め込まれますね。

「地球の限界」に配慮するなら、景気浮上させるだけの政策でいいか

国谷 - ところで、2015(平成27)年、世界の首脳が集まった国連サミットで、「誰も置き去りにしない」という言葉を共通の理念に、貧困の根絶、格差是正、働きがい、地球環境の保全など17の分野で、2030年までの達成を目指すSDGs(サステイナブル・デベロップメント・ゴールズ=持続可能な開発目標)が全加盟国によって採択されて、すでに3年が過ぎました。
私はこの「サステイナビリティ」(持続可能性)をテーマに取材を続けてきましたが、そこでわかってきたことは、今まで大量生産・大量消費を行い、そして大量廃棄をしていたこれまでの社会が、地球の限界に直面し始めている、ということです。
国連のガス事務次長補が、私のインタビューにこう答えました。「今まで行われた援助や支援は、食べ物のない人にまず魚を与え、次に、魚の釣り方を教えてきた。しかし、地球環境の悪化によって、一生懸命釣り方を教えてきたけれども、気がついたら、湖に魚はいなかった」と。
つまり、このままでは地球の持続可能性はない、というパラダイムシフトが起きているのです。それはとりもなおさず、新しいフロンティアを開くことにつながります。企業にとってはチャンスかもしれません。

寺島 - 私は今、本当の意味でのグローバリズムが問われていると思っています。
我々は「グローバル」という言葉をいつ頃から使い始めたかといえば、1969(昭和44)年、人類が月に立って初めて月から地球の姿を見て、「地球も一つの星だ」という意味でグローバルという認識に立った。
また、72年、現在の地球環境問題の原点といわれる『成長の限界』がローマクラブから出て、グローバルと言われ始めましたが、本当の意味で「インターナショナル」に代わって使われ始めたのは、冷戦が終わってからです。
しかし、「イデオロギーの対立は終わり、これからはグローバリズムの時代だ」と言ってみたけれど、実は、その実態はアメリカ流の金融資本主義の世界化でした。
金融資本主義は「借金してでも景気を浮上させ、事業を拡大させよう」というコンセプトを突きつけてきます。その結果、地球全体の債務が国家・企業・個人と合わせて、何と実質GDPの3倍程度にまで肥大化し、気がついてみると、借金漬けになっていました。
我々自身もリーマン・ショックから10年たっても、その教訓は一向に生きていません。マネーゲームの話ばかりで、例えば、株価を上げるために年金基金を株式市場に投入していった。その結果、日本という国はいつの間にか、日銀という中央銀行と年金基金とが、累計71兆円を投入して株価を支える国になったわけです。
もし、「地球の限界」といったことに配慮するならば、金融政策に依存して、株価を上げて景気を浮上するだけの政策論でいいのか。やはり、技術や産業の将来を真摯に見つめて歩んでいかなければならない、という思いに至るわけです。
まさに、グローバルな視界から問題意識を高めていけば、今まで安易に使ってきたグローバリズムの限界にぶち当たります。

国谷 - ただ、変化も生まれています。トランプ大統領もリーマン・ショック後につくられたドッド・フランク法(2010年にオバマ前政権が導入した金融規制)をやめ、金融資本主義を拡大させる方向に舵を切っていますが、今、国家に任せていられないという空気も静かに起き始めています。
特に、C40(シー・フォーティ=世界大都市気候先導グループ)は、都市を効率化してサステイナビリティを高め、脱炭素化を早める活動をしています。あるいは、自治体や企業、NGOらが集まって、気候変動対策を世界に発信するGCAS(グローバル・クライメイト・アクション・サミット)を、リードしているのがカリフォルニア州知事や元ニューヨーク市長です。カリフォルニア州は2045年までにすべての州内のエネルギーを再生エネルギーで賄う目標を掲げていますし、ニューヨーク市も脱炭素化を加速させる目標を掲げて活動しています。
彼らは、トランプ大統領が「アメリカはパリ協定(2020年以降の温室効果ガス排出削減等の新たな枠組み)から離脱した」と言っても、見向きもしません。
さらに、オイルがとれるテキサス州のヒューストンでは、再生エネルギーの広がりが顕著です。つまり、非国家主体がコラボレーションして動き出しているのです。

撮影 中村ノブオ

本記事は、月刊『理念と経営』2019年1月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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