『理念と経営』WEB記事

ニーズの先をいくサービスこそ世界で勝つ「おもてなし」だ

早稲田大学大学院教授 山根 節  ×  星野リゾート代表 星野佳路

ホテル経営を学ぶために留学したアメリカの大学で星野代表が知った、外国人旅行客が求めるその国らしさと文化。
「リゾート運営の達人」の企業ビジョンを掲げ、長野県内の老舗温泉旅館だった同社を全国的なリゾート企業に発展させた。
お客様満足を重視しながら利益を確保できる独自の運営方法で、日本のみならず世界に挑戦する星野リゾート流「おもてなし」をひもとく。

なぜ、社内で対等に意見交換できる「フラットな文化」を目指したか

星野リゾートは今年で創業104年を迎える老舗企業だ。星野佳路代表は4代目。軽井沢の星野温泉旅館を継いだのは1991(平成3)年のことである。その4年前にはリゾート法(総合保養地域整備法)が施行され、これを機に、新しい旅館やリゾートがどんどん参入してきた。
星野代表が星野温泉旅館に社長就任されたころには、供給過剰で、激しい競争に晒された。そこで入社の翌年、経営方針を転換し、ビジョンを「リゾート運営の達人」と策定している。所有することを本業とせず、他人が所有する施設の運営だけに特化した「運営会社」の道を選んだのだ。
今では、日本を代表するリゾート運営会社となって、星のや(ラグジュアリーブランド)、リゾナーレ(ファミリーリゾートブランド)、界(温泉旅館ブランド)などのサブブランドを抱え、上質なサービスや感動を生み出し、いずれも稼働率はおよそ70~90%と、高い評価を得ている。

山根 - 今日は楽しみにしてきました。というのも、私は今、早稲田大学のビジネススクールで教えていますが、最初の授業で星野リゾートを討議教材に使っているんです。

星野 - それはありがとうございます。うれしいです。

山根 - 星野代表は大学卒業後、米国のコーネル大学ホテル経営大学院でホテル経営を学ばれました。ビジネススクールでMBAを取得した人は、どちらかといえば頭でっかちで、会社では自分の考え方を下に押し付けがちですが、星野代表はあるとき、その過ちに気づきます。それで自由で対等に意見交換できる「フラットな文化」を目指すようになった。きっかけはどういうことでしたか。

星野 - それは、当時の観光業、旅館業の人材不足です。募集広告を出しても応募がゼロなのです。
長野県の佐久平や小諸には工業団地があって、シチズンやTDKなど、さまざまな大手メーカーが工場を出しています。そちらで働くほうが時給もよく、土日は休みで、福利厚生も充実している。軽井沢の旅館で働こうと考えてくれる人はなかなかいないのです。そういうことは、ビジネススクールで教えてくれません(笑)。

山根 - 確かに、そうですね。

星野 - お客様は、お盆や正月、週末になればたくさんお越しになります。そこで頭を切り替えて、一人でも応募者が来るように、まず社員が満足できる職場にしようと考えました。では、社員にとって楽しい職場とは何だろう、たまに面接に来た人が必ず入社するためには、どうすればいいだろうと、考えがそちらに傾いていったのです。

山根 - 面白いですね。ビジネススクールで教えてくれない大事なことって、たくさんあるんです。そういうことを星野代表は気づかれた。

星野 - はい。

山根 - 星野代表は、スカンジナビア航空を短期間で再建した経営者、ヤン・カールソンの『真実の瞬間』という本を推薦されています。これを、今お話しされた気づきの前に読まれたそうですね。気づきに役立ちましたか。

星野 - そうですね。問題に直面していなければ読んでもぴんときませんが、問題に直面したときに読めば、単なる理論ではなくマニュアルに見えてきます。必死さが違いますから。『真実の瞬間』は、仕事を楽しくするときの理屈として、私にとって使いやすい教科書でした。
社員一人ひとりが意思決定し、自分で判断する。それが社員のプライドになり、会社のブランドを決定づけます。ですから、私はどちらかといえば、顧客満足度寄りではなくて、社員満足度寄りの発想をしてきました。

山根 - 日本の経営者は、「人が財産だ」「人を大事にする」と言う割には、従業員よりお客様のほうが先だという人が多いですね。

星野 - そうなのです。もう一度、採用の話に戻りますが、大企業はリクルーティングに困らないと思います。黙っていても優秀な方が説明会に来てくれますから。ところが、私が合同企業説明会でブースに座っていても、誰も来てくれないのです。
隣のブースは製造業で、3列並べられている椅子はすべて埋まっていて、立って聞いている人までいる。こちらの椅子を1列貸して、「その代わり、帰りに寄っていってくれないか」と、呼び込みをして来てもらったほどです。

山根 - 大変なご苦労でしたね(笑)。だから、先に「従業員ありき」だということになったのですね。

星野 - そうです。よくマーケティングでセグメンテーション(市場の細分化)なんて言いますが、私のセグメンテーションは、社員が楽しいと思えるお客様を狙うことです。

山根 - なるほど。
「経営の定石」を知って経営するか
知らないで経営するか……

星野 - ところで、旅館で社員が一番嫌だと思うお客様は誰か知っていますか。

山根 - ……酔っぱらいじゃないですか。

星野 - そうなのです。社員が酔ったお客様の対応をさせられると、「何で私、こんな所でこんな仕事をしているのだろう」と、辞めてしまいます。ですから私たちは、宴会のご利用をいただかないようにしています。

山根 - 徹底していますね。

星野 - 宴会を一度とれば、まとまった売り上げにはなるかもしれませんが、社員を失います。ですから、社員が来てくれないということが最も重要な経営課題だと知ったとき、どうあるべきかという発想が出てきたのです。

山根 - それは大発見ですね。ヘンリー・ミンツバーグ(カナダのマギル大学教授)は、「サイエンスとクラフト(経験値)とアートの適度なブレンドが経営だ」と言っています。星野代表はサイエンスを勉強してきて、きちんとクラフトとうまく組み合わせています。私はいつも、「経営学を勉強した経営者は強い」と言っていますが、そうした意味では、星野代表にとってコーネル大学での勉強は、かなり意味があったわけですね。

星野 - はい。私の中で理想の経営者は、アートがないのです。アートにはリスクが含まれます。感覚やセンスは年齢とともに衰えるし、いいときがあったり、悪いときがあったりと、不安定です。ですから、アートをゼロにするときが、私の中でいい経営の状態なのです。
私は、自分が共感し、感銘を受けた理論が書かれた本を「教科書」として、まさに〝教科書通りの経営〟をしています。これまでの経験で、「教科書に書かれていることは正しく、実践で使える」と確信しているからです。
私が教科書とする本の多くは、米国のビジネススクールで教える教授陣が書いたものなのです。彼らは「ビジネスを科学する」という思想のもと、手間と時間をかけて事例を調査し、理論として体系化しています。
つまり、それはすでに証明されたメソッドであり、「経営の定石」なのです。コーネル大学時代にこのことを知ったのは、私にとって大きな財産でした。そして、日々の仕事のうえでも、「サイエンス」を取り入れ、理論的な運営を目指しています。

山根 - 経営者の思いや、創造的な未来を描くことも大切ですよね。

星野 - 何の思いか、ということにもよりますが、企業はビジョンで将来像を設定していますから、それを“思い”で変に曲げたり変えたりしないほうがいいと考えています。ビジョンに人が集まり、それを実現するのがビジネスです。そう考えると、アートはあまりにもリスクが大きいのではないでしょうか。

山根 - コーネル大学時代の学びは、他にもありますか。

星野 - 海外の人が日本をどう見ているかを知れたことは大きいです。それまでは、父の旅館は古くて格好悪いと思っていたのです。プライドが持てるビジネスと思えていなかった。ハワイやカリフォルニアにはスタイリッシュなホテルがたくさんあって、あのように変えたいと思っていました。
しかし、海外の人は、日本らしさや文化を期待していることに気づいたのです。都会の西洋型ホテルなどを見ると、彼らにはまね事に見えてしまうのです。
そのとき、父の旅館をどうしたら日本らしさを残したまま格好良くできるか、というのが自分の仕事だと認識できたのです。すごく大きな発見でした。

山根 - なるほど。

星野 - ただ、「なぜ、日本人は西洋のまねをするのだ」と言われてしまうようなことだけはやめようと……。

山根 - そういう意味では、星野代表の「日本旅館メソッド」と「社員を大事にする」というマネジメントは世界性がありますね。

星野 - 「日本旅館メソッド」は、ご当地自慢なのです。今、バリ島やタヒチで運営していますが、去年オープンした「星のやバリ」も、日本旅館メソッドだからといって、畳や障子が設えてあるわけではありません。バリに暮らす現地スタッフが、「ここに来たら地元のこれを飲んでいただきたい」「実はこういう食事がおいしいのです」と、ご当地自慢をしています。それが「日本旅館メソッド」なのです。
現場のスタッフが自分たちで考え、発想して新しいサービスを生み出す運営方法は、とても日本らしいと思います。
私たちはスタッフを“サービス・クリエーター”と位置づけています。彼ら彼女らのこだわりこそが、サービスの源泉だからです。「このホテルのサービスは自分たちで考える!」、それがスタッフの楽しさやプライドにつながっているのです。

山根 - いいですね。

撮影 中村ノブオ

本記事は、月刊『理念と経営』2018年7月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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