『理念と経営』WEB記事

好況で儲けるより、不況でも利益を生む「仕組み」をつくれ

作家 江波戸哲夫  ×  アイリスオーヤマ株式会社代表取締役社長 大山健太郎

19歳で小さな家業を継いだ大山社長にとって、経営とは常に「会社は何のためにあるのか」を追求することだった。
そうして得た結論は、商品を作ってお客さまに喜んでいただくこと、さらに、社業を通じて社員が働きがいを感じること。
その実現の根底にある哲学こそが「ユーザーイン」のものづくりだ。

経営の中心軸は「情報公開」と「コミュニケーション」です

江波戸 - 大山社長は、19歳で工員5名、年商500万円の会社を継いで以来、次々と新しい市場を切り開いてこられました。そして、ペット用品から園芸の植木鉢、収納容器など、年間で1000点を超える新商品を提案し、コメ事業や家電用品など、業種の壁を越えた事業にもチャレンジする大手生活用品メーカーベンダー(問屋の機能を持った製造業)へと育て上げました。
その根底には「ユーザーイン」のものづくり、つまり、生活者の潜在的な「不満」を解消するソリューション型商品の開発を目指す、大山社長ならではの思想があります。その経営手法の中心軸は「情報公開」と「コミュニケーション」ですね。

大山 - はい。

江波戸 - 情報公開を進める経営者は他にもいらっしゃいますが、「由らしむべし、知らしむべからず」の人も少なくない。そのほうが面倒くさくなく部下を使うことができるからだろうと思います。

大山 - そうですね。

江波戸 - 私もかねがね、経営の本道は情報公開だと思っていますが、大山社長の情報公開に対するお考えを、お聞かせいただけますか。

大山 - 私は1945(昭和20)年生まれです。家業を継いだのが19歳、以来、まさに日本の仕組みが変わっていく53年間を、経営者の目線で歩いてきました。
私は長男として社長を継ぎましたが、若造なりに、われわれメーカーの目的は、ものを作ってお客さまに喜んでいただき、なおかつ、社員が働きがいや生きがいを感じる、ということが理想だと思っていました。

江波戸 - はい。

大山 - 継いだ当初は年商たった500万円の会社でしたが、いや、だからこそ、お客さまが欲することに忠実に応えていきました。そうしたら、倍、倍、倍と大きくなっていったのです。

江波戸 - すごいですね。

大山 - 私は独学で経営をしてきました。多くの経営者は学校で経営学を勉強し、経営のセオリーがベースになっています。しかし、学者がしているのは、結局は過去のデータを数値的に分析して統計学をやっているだけの話ですから、それは昨日の話です。
お客さまからは、もっと安く、納期は早くなど、要望がたくさんあります。しかし、明日に向かって、お客さまのニーズを社員と共有して、それを一つの目的に仕事をしていけば、経営というのはそんなに難しいものではない、と直感したのです。

江波戸 - なるほど。そうすると、「情報公開」は単に数値を公開するということではなく、「お客さまのニーズを皆で共有する」ためということになりますね。

大山 - はい。われわれのスタートはまず「家業」でしたから、単に生活するための経営でした。しかし、ある一定のところまでいくと、「誰のために、何を作るか」ということが、大事なテーマになってきたのです。
そこで、21歳のとき、プラスチックで養殖用のブイ(浮き玉)を作り、また、田植え機に必要な育苗箱を開発しました。そうした“企業家魂”は学校では教えません。盛田昭夫さんや松下幸之助さんも、おそらく、草創期には、特に会社は何のために、誰のためにということを、一生懸命に考えたのではないでしょうか。

江波戸 - 「情報公開」とは、社員たちとコミュニケーションすることに他なりませんが、『私の履歴書』(日本経済新聞出版社)などのご著書には、「社長は社員に、たった1回、大ごちそうをするのではなくて、毎日飲みに誘う」とありますね。

大山 - そうです。そして、情に訴えることです。

江波戸 - 「情の深さは〝接触回数〟に比例する」ともおっしゃっていますが、あれを見たとき、私はふとサン=テグジュペリの『星の王子さま』を思い出しました。「あなたがあのバラを愛しいと思うのは、あのバラに育てる時間をうんとかけたからだ」という王子のセリフがありますが、言っていることはほとんど一緒ではないですか。

大山 - いやいや、そんな大それたことではありません。ただ、結局、営業、製造、物流、会計、商品開発……と、私が一人5役やっていたわけです。会社の改革は社長一人ではできません。社員に、私の考え方を理解して共有してもらわなければならない。

江波戸 - やはり、懲りずに飽きずに、社員とコミュニケーションを取ることが大事だと……。

大山 - そうです。
企業が持続的に発展するには「共有の仕組み」が不可欠です

江波戸 - 大山社長はワンマン経営で、力強いパワーで社員の先頭に立って率いている印象が強いです。しかし、ご著書では、「仕組みさえつくれば、誰がやっても同じことができる」と何度もおっしゃっています。そうはいかないだろうと私は思っていましたが、この疑問に対する回答が、ご著書のあの東日本大震災での最初のシーンにあります。

大山 - はい。

江波戸 - 宮城県でホームセンターを運営するグループ企業ダイシンは、震災の翌日から独自の判断で営業を開始しています。電池や毛布、こんろなどを求め、被災者が店頭に押し寄せたからです。
店内は停電し、商品も散乱している中で、店員たちは入り口で必要なものを聞き、暗く混乱した店内から探しては売っていきました。手持ちの現金がない人はノートに名前を書いてもらうだけで手渡す。代金は後に全額戻ってきたそうです。
また、気仙沼店では、店長の独自の判断で、寒さの中を並ぶ客に、暖房用の灯油を一人10リットルまで無料で配ったそうですね。

大山 - そうです。

江波戸 - 社長の指示を受けなくても、店長独自で、あのような判断ができるのだと感激しました。

大山 - 理念が全員に浸透して、一つのマインドになっているからです。店長や部長、工場長など、そこの組織に旗を振れる人間がいればいいのです。
ですから、私の一番肝になっているのは「社長は特別な人ではない。たまたま会社の情報がすべて伝わってきて、そこで会社のことを考えているから判断できる」ということです。

江波戸 - それは、謙虚過ぎるというか……。

大山 - いや。今年の7月に39歳の息子が後を継ぎますが、私が53年間やってきた5000億円の売り上げを、5年間で倍にするわけです。彼でもそれができる。それは個人の能力ではなくて、そういう「仕組み」が出来上がったからです。1兆円は大変ですよ。私もやってきました。500万円が1000万円になり、2000万円になりという形で……。

江波戸 - その「仕組み」の一番のポイントは、御社ではプレゼン会議(新商品開発会議)ですよね。

大山 - はい。参加メンバーは約50名、階段状の会議室の中央最前列に私が座り、周りには営業、製造、品質管理、商品開発、応用研究、財務、知財、海外事業など、各部門の役員、マネジャーが勢ぞろいします。関係者が一堂に集まることで、ここで決裁した開発案件を素早く進められます。
プレゼン会議では、私だけが知っているという情報は一つもありません。私は公開情報に基づき、「これが最も合理的だ」と思う判断をするだけです。決裁の理由や疑問点も必ず話します。言うなれば、情報と決裁を「見える化」しているのです。

江波戸 - ええ。

大山 - 私は必ず、ユーザーインの視点で判断します。すると、皆が、ユーザーインこそが製品開発の大方針なのだと理解します。つまり、この場は、単に新製品を検討する会議ではない。アイリスオーヤマがどのような考え方で製品をつくるか、という思想を共有するための会議なのです。このように、当社の会議はどれも「共有」が目的です。

江波戸 - 企業が持続的に発展するには、その大方針と思想を共有する仕組みづくりが不可欠だということですね。

大山 - その通りです。毎週月曜日、開発者が一つの案件につき5~10分で、次々とプレゼンテーションします。一日に約100点の案件が出てくるでしょうか。合格なら、私がその場ではんこを押し、すべての部門が一斉に動き出します。

江波戸 - つまり、それらの商品化の最終判断をなさるのは社長だということですね。この「仕組み」さえあればそれをどなたかに代わってもらうことができますか。

大山 - できます。ただ、いっぺんに決めているわけではないんです。毎回ブラッシュアップして、2回、3回で決まる商品もあれば、1年かける商品もあります。

江波戸 - なるほど。

大山 - そのときに確認するのは、開発する人、提案する人の強い思いです。それがなければ、商品はできません。

江波戸 - はい。

大山 - その上で、それを一歩引いて、生活者目線で「本当に、お客さまが買うだろうか」と、繰り返し尋ねて反問します。私たちが開発しているのは、生活者の不満を解消する商品なのです。「ものづくりは目的ではなく手段である」ということを飲み込んだ社員は、提案が的確になりますね。当社の場合は6割が計画通りに商品化します。打率6割です。

江波戸 - すごいですね。しかし、プレゼン会議で社長がする最終判断は、商品の売れ方を判断するというよりも、「私がリスクを取る」ということになりますね。

大山 - はんこを押すというのは、そういうことです。たとえ失敗しても提案者にペナルティーは科しません。上司が提案を握りつぶす会社は、意欲ある社員にとって良い会社とは言えませんから。

江波戸 - そうですね。

撮影 中村ノブオ

本記事は、月刊『理念と経営』2018年5月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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