『理念と経営』WEB記事

絶望の淵に突き落とされても あきらめなければ夢は死なない

元Jリーガー 杉山新

現役Jリーガーに突然、襲いかかった「1型糖尿病」の宣告。一生、注射を打ち続けないといけない、 と聞かされ絶句した。過去、この病気を抱えたまま現役を過ごしたサッカー選手はいない。ところが、選手寿命は約5年といわれるJリーグで、16年の長きにわたって活躍した。それを可能にしたものは何だったのか。

慟哭

糖尿病? なんで自分が? それって、年を取った人や太った人がなるんじゃないの? そんなふうに真っ先に浮かびましたよね。当時23歳でしたから、何が起きたのか、何を言われているのか、よくわかりませんでした。でも、すぐに治るんじゃないかと思っていたんです。そうしたら、主治医の先生が、違うんだ、これから一生、注射を打ち続けないといけないんだ、と。それって、治らないってこと? びっくりして、頭の中は真っ白になりました。

糖尿病には2種類ある。1型糖尿病と2型糖尿病だ。日本の糖尿病患者のうち9割以上が、加齢や生活習慣などが原因となって発症する2型糖尿病である。一方、1型糖尿病は、年間の発症率が10万人あたり1〜2人というまれな病。小児期に発症することが多いため「小児糖尿病」と呼ばれることもある。原因は今も不明。毎日数回のインスリン注射を一生続けるしかない。当時Jリーグ2部のヴァンフォーレ甲府に所属していた杉山新さんを突然、襲ったのは、その1型糖尿病だった。 杉山さんは埼玉県出身。中学時代に柏レイソルのセレクションを受け、ユースチームに。高校3年の夏、トップチームに昇格、卒業後に晴れて、小学校時代からの夢だったJリーガーになった。だが、機会に恵まれず、出場は3年間で6試合にとどまった。4年目、ヴァンフォーレ甲府に移籍。初年度から16試合に出場する。さぁ、これから、というときの突然の発症だった。

サッカーができなくなるなんてまったく考えられませんでした。とにかくサッカーがしたかった。それで、主治医に聞いたんです。先生、サッカーはできますか、と。先生は明言しませんでした。過去に例がなかったからです。だから、僕にも言えなかったんです。それでも、サッカーをやりたい気持ちに変わりはありませんでした。ピッチに立ちたい。だって、僕はサッカーしかやってこなかったから。やっと試合にも出られるようになって、これからが楽しみだったんです。病気でこのまま終わってたまるか、と思いました。

だが、事態は最悪の方向に向かう。折しも来期に向け契約更新の時期だった。会社に呼ばれ、提示された契約書の金額欄には「 0円」と書かれていた。いわゆる「0円提示」。戦力外通告である。あれほどやりたかったサッカーが、できなくなってしまったのだ。仕方がなかった。万が一のリスクもある。糖尿病でどうなるかわからない選手を抱える余裕はチームにもない。それでも、サッカーは人生のすべてだった。やっとの思いで駐車場にたどり着くと、車に乗り込んだ。どうしてこんなことになってしまったのか。どうして自分が……。車の中で声を上げて泣いた。

希望

看護師をしていた母親は、この病気の難しさを認識していた。 こっそり競輪学校のパンフレットを取り寄せていた 。杉山さん本人も、無意識のうちに、鍼灸師の道をイメージしたりもした。それでも、どこかで信じていた。サッカーはやれる、と。翌日、思いも寄らない連絡が会社からやってきた。

会社に行くと、相談をもちかけられたんです。契約は切るけれど、練習生として3カ月は様子を見よう、と。ありがたいことに、復帰するチャンスがもらえたんですね。なんとかサッカーをやらせてあげたい、というチームドクターの声があったと聞きました。リハビリを兼ね、トレーニングをしては血糖値を測り、またトレーニングをしては測り、すべてノートに書いていきました。こうして必要な注射の量などを把握していきました。自分の中では、だるさもないし、怖さもありませんでした。十分いけるぞ、と思いました。運命が決まる90日。でも、最後はまわりの判断に委ねるしかなかった。 僕が決めていたのは、2つ。人前で倒れないこと。迷惑をかけないこと。 すると、60日目で会社から電話がかかってきたんです。行くと、ニコニコ出迎えてくれて。どう見ても、いい話でした。

「今年もよろしく」

このセリフを耳にしたときは、本当にうれしかった。自分ではできると思っていましたが、ちゃんと認められ、評価してもらえた。実際、前と何ら変わらなかったんです。ただ、チームの温情もあると思っていました。だから1年やれればいいと思いました。もう次はない。悔いのないように一生懸命やろう、思い切ってやろう、と。

取材・文 上阪 徹 
撮影 伊藤千晴

本記事は、月刊『理念と経営』2017年1月号「human story」から抜粋したものです。

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