『理念と経営』WEB記事

「なんで?」と思わず、「せっかく」と思えば、 その出来事には肯定的な意味がある

日本初プロランナー 有森裕子
「もう一度オリンピックに挑もう」と決意した背景

私は、1992(平成4)年のバルセロナ五輪で銀メダルでした。

そのとき、金メダルを取ったエゴロワ選手の走りがすごかった。
それを見て、彼女の強さを自分も身につけたいと思ったし、練習にしても待遇の改善にしても、やりたいことがいっぱいありました。メダルを取ったので、自分のやりたいことのできる環境が自然に整うと思ってました。具体的なビジョンがあったわけじゃありません。でも、そういうチャンスがもらえるだろうという思いはありました。

ただ、周りはそんなことは考えてなかった。当時、陸上の実業団にメダリストはいなかったので、「メダリストが出たね」 くらいの感想しかない。私が何か言うと「天狗になっている」「わがままになっている」という反応があった。さらには、脚に痛みが出ました。周りはわがまま言ってるから“バチが当たった”的な感じで見ている。私は、やりたいことができなかったからこうなったのか、それとも故障なのか、痛みの要因がわからない。

これは結構重要で、やる気にも関わる。バルセロナが終わってから立ち止まる時期が2年半ありました。何が問題なのか、正しいのは自分か周りか、いろいろ思っていても、バルセロナから時間が経って、人が見向きもしない状態にあって、何も言えない。私がものを言っても、単なる遠吠えで、誰も聴いてくれない。私が話を聴いてもらいたいと思ったら、もう1回注目される存在にならないといけない。

手段としてはオリンピックのメダリストになるしかないんです。私たちアスリートは、それしかないんです。だから、「オリンピックに出て、メダル取らなきゃ」ということになる。やりたいからじゃなくて、そうしないと悩んだ時間も無意味になる。そのために脚を手術して、「私がものを言って受け入れられ、この状況を変えるために、もう一回オリンピッ クに挑もう」と。

それで95(同7)年の夏の北海道マラソンに出ました。結果は大会新記録を樹立して、優勝することができました。 あれで復活できなければ引退していました。ところが優勝して弾みがついて、96(同8)年のアトランタ五輪に出た。銅メダルを取った。それで、「われわれアスリートをめぐる、この体制はいかがなものか」とものを言うことができたのです。

2回目のオリンピックは、出たいと思って出たわけではないんです。だからあのときゴール後のインタビューで、「自分で自分を褒めたいと思います」という言葉が出たのです。

必死で生きていかないと好きなこともできなくなる

アトランタ五輪の後、プロ化を準備していたとき、システムが変わるのに2年ぐらいかかりました。システムはすぐに変わらない。象徴的な問題は肖像権でした。

当時、個人には肖像権がなくて、JOC(日本オリンピック委員会)が一指管理していたんですね。私は個人で肖像権を使おうとしましたが、それが問題になった。JOCが「がんばれ! ニッポン!」というキャンペーンをしている。そのスポンサー以外の企業とは契約できないと言うんですね。私は肖像権を預けたつもりはない。そこで、「肖像権を返してほしい」と言いました。自分で取れるスポンサーがあったから、了解を得ずに見切り発車をしたら、「日本陸連が登録している試合には出るな」となった。登録保留です。

2年くらい待って状況が変わりました。ただ、そのときに「特例」と言われて、私は「特例は望んでいない。前例にしてほしい」と言いました。自分だけが特別じゃない。これからは私と同じような考えをもつ人も現れるだろうという思いがありました。

その後、室伏、為末、高橋 (尚)とか、個人でスポンサーを取って働ける人たちが出てきた。ただ、私ひとりだけの努力じゃないんです。周りに応援してくれる人がいた。1つのことに、必死になって、諦めないで向かっていると、 それと同じような人が一緒になって頑張ってくれる。

いまは自分の思いが通じないと、すぐ自分だけで悩みや問題を抱えて「もう、だめ」ってやめちゃって、場所を変えてってなるけど、本当はもっとやるべきことがある。いま中小企業も含めて、リーダーが、そこが強くないのかもしれない。リーダーが、すぐに諦めてしまえば、下は簡単に崩れますよね。

人も企業も生きていかなきゃいけない。生きたいから必死にやる。

私にとって、走ることは“ライスワーク”なので、ライフワークなんて思ったことは一度もない食べていくために、自分が生きていく道筋をつくるために、手段として「走ること」があったんです。その発想は、企業にも必要だと思います。

好きなことをして働いていければ一番いいんだけど、そうでないことがほとんどでしょう?
好き嫌いを言ってる場合じゃなくて、生きていかないと、食べられないと、好きなことさえできなくなる。そのぐらいの気持ちで頑張らなきゃ、踏ん張らなきゃいけない場や時はあると思います。

構成 編集部 
撮影 小川佳之

本記事は、月刊『理念と経営』2017年1月号「トップアスリートの心に学ぶ」から抜粋したものです。

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