企業の成功法則 社長力・管理力・現場力 三位一体論

バランスのとれた「適正な利益」で 企業は永続する

社長力とは、社長がトップに相応しい人物かどうかを言います。株主資本主義の弊害や富の格差が言われて久しいなか、多くの人が最も大切な「人の活用」を忘れています。本質的な問題を解決するのは人であり、問題を先送りしているのが指導層です。

生涯を公益に尽くした渋沢栄一翁

  渋沢栄一翁を主人公にしたNHK大河ドラマ『青天を衝け』が始まりました。少年期に父親の代理で行った代官所で、不仁(仁の道に背く行為)を押し付ける代官に最後まで首を縦に振らなかった豪の者は、「道徳と経済の両立」を通して人間社会への貢献に努力しました。約五〇〇の企業の創立に関わり、孤児院などの社会福祉では約六〇〇の機関・事業の設立に尽力し、実に見事な人生を送りました。
また、経済や経営的な面からは『論語と算盤』の考え方に基づいて「道徳経済合一説」をとりました。算盤に合うものは孔子の『論語』の教えに沿うものと考え、『論語』の教えを基本とし経営をすれば、一時的な利益追求で「恨み」を買うようなこともなく、適正な利益で企業は永続する、と説いたのです。
"日本の資本主義の父"と呼ばれる渋沢栄一翁は、「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」(『論語」「先進第十一」)をモットーに、バランスのとれた中庸的な考えを大切にしました。幾多の企業設立に加わる際、今日のよ
うな強欲な株主のためだけの資本主義ではなく、真に豊かな社会を築きあげることに専念し、生涯を公益に尽くしたのです。
お金は万能ではなく、「人」こそが中心であると説き、人さえ確かであればすべての進歩を促し、人さえ忠恕(まごころとおもいやり)を守れば、すべての経営資源を最大活用できる、と考えたのです。
私は伊興田覺先生の後を引き継いで、京都・霊山歴史館で「社長塾」を開催していますが、単に『論語』「大学』『中庸』などの古典だけではなく、その教えがいかに企業経営に有効な責務を果たしているか、経営的視点で古典をお伝えしています。現在の企業経営が置き忘れている「長たる者のあるべき姿」を、基礎、基本、応用に分けながら、経営の本質を唱えた模範的人物論も踏まえて、ディスカッションを通して学び合っています。

時代の変化に敏感だった先人たち

  今日の新型コロナ危機と果敢に闘っている経営者には、企業経営の理念や使命、目的が確立されている方が多いようです。渋沢栄一翁は「変化対応」に敏感でした。
仮に、渋沢栄一翁や豊田佐吉翁(トヨタグループの創始者)がおられたら、今の技術や製品に満足されなかったでしょう。おそらく、時代の変化の悲しを素早く感じ取って、ビジネスモデルをいち早く切り替え、DX(デジタルによる変容)時代に対応していたのではないでしょうか。
古典の入門書である『古本大学』にありますが、殷の湯王は、朝の洗面の際、その器に「日に新た」の文字を彫り込み、初心を忘れないように自らを戒めました。かつての偉大な社長は「変化」を一つの法則としてとらえ、新しいものを創造しました。現在の日本はコロナ問題だけでなく、指導者の判断力や意思決定能力が問われているのです。
明治初期はインフラが整わず難事業がたくさんありました。富国策を渋沢栄一翁は先導しますが、富裕層をいかに育てていくかも大きな課題でした。
つまり、富裕層が増えれば国が富み、国が裕福になれば富裕層も増え、新しい産業が興り、雇用や社会インフラも整って、民も潤います。すべてが公益に通じて、豊かな日本国家を夢見ていたのです。
渋沢栄一翁の「合本主義」は、株主だけが一人勝ちするのではなく、富の格差は当然生じると見通した上で、格差をなくすことが事業家や資本家の使命だと考えました。マルクスの『資本論』で言う資本家ではなく、世の中の発展には欠かせない存在が、渋沢栄一翁や日本型経営が目指した資本家でした。すべての利害関係者が豊かになる「ステークホルダー資本主義」です。

本記事は、月刊『理念と経営』2021年3月号「企業の成功法則 社長力・管理力・現場力 三位一体論」から抜粋したものです。

成功事例集の事例が豊富に掲載
詳しく読みたい方はこちら

詳細・購読はこちら

SNSでシェアする

無料メールマガジン

メールアドレスを登録していただくだけで、『人が主役の経営』を応援するメルマガを無料で配信いたします。

登録する

お問い合わせ

購読に関するお問い合わせなど、
お気軽にご連絡ください。