企業の成功法則 社長力・管理力・現場力 三位一体論

なぜ、「獺祭」は〝世界のブランド〟になったか

兼好法師の『徒然草』では、大事を急げ、あるいは、弓を射るときには二の矢を頼まず一矢で仕留める覚悟を持てと、比喩を交えて説いています。人生や企業経営の成功へのヒントとして、「やり抜く力」を再度企業経営に取り戻しましょう。

〝負け組の旭酒造〟の起死回生に向けて

 新春経営者セミナー(2023年)で「両利きの経営」でおなじみの早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授が、大変わかりやすく講演されました。企業経営は、既存事業の深化は当然のこととして、新しい知の探索を欠かしてはならないというお話です。

 加えて、「大企業のことであり、中小企業は慎重に取り組んでください」といった趣旨の促しもありました。大企業と中小企業には経営資源に格差があるという教授の配慮を強く感じました。

 シリコンバレーツアーに長年通い、スタンフォード大学での客員研究員時代に日米経営比較を主に研究していた私から見ると、金融制度や仕事の進め方、人事評価は日米で異なります。日本はいま一度、日本の国の強みを探り、その強みに向けて国際競争力を取り戻すべきなのです。とくに中小企業は「自社独自の価値」を生み出すべきでしょう。

 過日、「田舞塾」で「獺祭」を生み出した旭酒造(山口県岩国市)の桜井博志会長のお話を伺い、講演後の質疑応答を終えて、「獺祭」を酌み交わしながら、一八九二(明治25)年創業の老舗の歴史や、日本酒の販売量の激減ぶりをお聞きしました。ピークの一九七五(昭和50)年を境に三五年間で八五%も減少したそうです。八四(同59)年にお父様が急逝し、三四歳の若さで三代目社長に就任され、そこから戦いが始まります。

 ただでさえ右肩下がりの業界の中で「負け組の旭酒造」の起死回生に向けて、「酔うための大量販売のお酒」から「お客様の幸せ志向のお酒」に軸足を移し、純米大吟醸の分野に挑んでいきます。

五年の歳月をかけてつくりあげた「獺祭」

 兼好法師の『徒然草』には、企業経営における成功の条件がいくつもあります。

 「ある人、弓射ることを習ふに、諸矢をたばさみて的に向かふ。師のいはく、『初心の人、二つの矢を持つことなかれ。後の矢を頼みて、初めの矢に等閑の心あり。毎度ただ得失なく、この一矢に定むべしと思へ』と言ふ」

 この言葉は、兼好法師が現代のわれわれに訴えかけているように思います。つまり、日本は戦後の荒廃から一心不乱に経済復興という「一矢」を頼んで知恵を絞り努力してきました。そして、GDP(国内総生産)で西ドイツを追い抜いてから、二の矢、三の矢を頼むようになり、浮ついた気持ちがバブルを引き起こした要因の一つになっています。その間アメリカはDXなど新しいテクノロジーに一矢を込めて変化し、今を迎えているのはご承知の通りです。

 本来、今日やるべきことを後回しにして翌日に持ち越すのは、世相を見ても明らかなように、日本に「気の緩み」が生じているからです。桜井現会長は、兼好法師がいうように、二矢を頼まず、「一矢」にすべてを懸けました。反対されようと、批判されようと、酒蔵に不可欠な酒造りの杜氏が逃げ出しても、日本酒業界の陋習に負けずに、若者たちと一緒に五年の歳月をかけて杜氏の伝統技術をデータ化して再現し、機械化による大量生産の仕組みを完成。今までにないおいしい「獺祭」を造りあげます。


本記事は、月刊『理念と経営』2024年1月号「企業の成功法則 社長力・管理力・現場力 三位一体論」から抜粋したものです。

成功事例集の事例が豊富に掲載
詳しく読みたい方はこちら

詳細・購読はこちら

SNSでシェアする

無料メールマガジン

メールアドレスを登録していただくと、
定期的にメルマガ『理念と経営News』を配信いたします。

お問い合わせ

購読に関するお問い合わせなど、
お気軽にご連絡ください。