企業の成功法則 社長力・管理力・現場力 三位一体論

ベストを尽くせば、まだ花は開く

健全な経営は、社長が「分」をわきまえることだと、よくいわれます。分度を超えると道理に合わなくなります。渋沢栄一翁の晴眼から見ると何事も適確です。過ぎたるは猶及ばざるが如しです。

神頼みをせずに自助努力で道を開く

  「自助努力」の精神を貫いた渋沢栄一翁は「私は従来神仏に対して祈誓するとかお頼みを申すことをしたことがない。もちろん神前を通って敬礼はするけれども、心をこめて何事かを誓うとか願うとかいうことは未だ一回もなかった」と述べています。
  神仏を無視しているわけではありません。孔子の『論語』があれば、道を外すことはなく理に適い、人を害することもないと確信していたからです。神仏に神妙に頼むのはいいのですが、いざ企業経営となると、ともすると、これくらいでいいだろうと八〇%の顧客満足で妥協していることがあります。道理に合わないわけです。
  道理に合わないことをして企業経営が成功するはずはありません。お釈迦様も亡くなる寸前まで修行をされました。釈迦仏教は、「仏に頼んでも救済はしない。自分で努力しなさい」という教えです。自らの努力で自らが困難を開拓する精神がなければ、本来の人間としての生涯を全うしたことにはならないのです。

道理に適っていれば事業は必ずうまくいく

   松下幸之助翁の「自らの努力で困難を開拓し得た境地には、金銭に代え難い人生の味わいがある」という言葉は、まさに神頼みせずに真剣に生きた人でなければ言えぬことです。困ったら「経営理念に祈れ!」と、口癖のように松下電送元社長の木野親之先生に言われていたそうです。
  渋沢栄一翁はその心境を、孔子を模範としてこう述べています。「孔子は病気のとき、子路が病気平癒を神に祈りたいと申し出たが、『丘(孔子自身)の祈ること久し』と日われてその申し出を肯ぜられなかったとのことである。孔子の心としては、自分は平生神に祈っておる。此の心がけがなくて病気の時にばかり祈ったとて何になるものかという意で日われたに相違ない」
  経営も人生も日頃の心がけ次第です。日頃の経営を八〇%の顧客満足で妥協していれば、顧客視点では二〇%は不満足になります。八〇点で満足してはならないのです。厳密にいえば、それはビジネスの道理に反していることであり、お客様からすれば当然、不愉快で悪い口コミにつながります。
  松下幸之助翁が「最善の上にも最善がある」と述べているように、こちらが最善を尽くしたつもりでも、お客様は納得していない。だから、自分の視点では最善と思っても、お客様の視点から見てさらなる最善が必要になるわけです。道理に適っていれば、必ず事業はうまくいきます。自社は善意であっても道理に合わないことが無意識に行われていないか。社長力とは「己に問う力」です。
  孔子は「過ちて改めざる、影を過ちと調う」と寛容に述べていますが、渋沢栄一翁は「忠恕」(心からの思いやり)を旨としました。多弁で激しい側面がありながら、実に寛容な方でした。

本記事は、月刊『理念と経営』2021年5月号「企業の成功法則 社長力・管理力・現場力 三位一体論」から抜粋したものです。

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