企業の成功法則 社長力・管理力・現場力 三位一体論

君たちの苦労する姿こそ、実は、清らかなものである

いつ卒業した学生へ贈った言葉かわかりません。書斎の掛け軸に「泥中の君子花たれ」という福沢諭吉翁の書があります。われわれ社長たる者は世の中の煩わしさや厳しさを避けるのではなく「泥中の蓮の花」のような気持ちで新しい希望の年を迎えたいものです。

あくせくと利を求める苦しさもある

  福沢諭吉翁が卒業生に贈った「泥中の君子花たれ」という言葉があります。当時、まだ世界に後れを取っていた日本の未来を担う若者に、心から「待路ぞ世の識しさを避くることを須いんや」と、述懐するように口を開いた諭吉翁の姿を勝手に想像します。
  伝記作家小島直記先生の小説『福沢諭声』によれば、諭吉少年は緒方洪庵の適塾で猛勉強に明け暮れます。下士の子どもとして生まれ、何の努力もせぬ上士出身の子どもとの、どうしようもない言われなき階級差を感じていたからです。
  すなわち、「君たちがこれから、厳しい現実の世の中を渡ろうとするとき、果たしていつも冷静に、かつ心静かな生き方ができるであろうか。あるいはそういうことを避けた冷静な生き方が、真に素晴らしいことなのだろうか」と、生き方のあるべき姿を問いかけているのです。
  この言葉は、われわれ社長職にある者にとっても、永遠の投げかけのように思います。特に今年は新型コロナウイルスに揺れた年であり、社長として「あくせく利を求める立場」に苦しめられた方の相談も多く、L字型産業(成長が上向きにならない産業)といわれる観光、外食、土産関係の多くの方々の苦痛に、今もって複雑な気持ちです。
  せっかく手に入れて開店したのに、二年も経たずにクローズする日の、ある経営者の電話は悔しさがにじんでいました。


紅塵の市上営々たる苦しみ

  諭吉少年は、何ら疑問もなく階級制度を受け入れる武士が多いなか、その制度にひそむ理不成さに我慢なりませんでした。適塾で病に侵され死にそうなときに、緒方洪庵の必死な看病と薬の調合で一命を取り留め、洪庵に受けた恩を生涯忘れずに慶應義塾をつくりました。卒業生に対する諭吉翁の言葉は、一人ひとりの学生の行く末を案じながら伝えたものでしょう。
  こうして卒業生に人間の生き方を問いかけ、続いて、「紅塵の市上営々たる苦しみ正に是れ泥中の君子花たれ」と述べています。「紅塵」とは、俗世間の煩わしさや世の中の嫌な出来事を意味します。まさにそういう俗世間の煩わしさのなかで、いかに自分を確立していくかが社長力とも言えるのです。
  二〇二〇(令和2)年は、紅塵の市上に直面して、思いも寄らぬ苦しみを体験させられました。自分の蒔いた種なら納得もしますが、おそらく、ひどい目に遭っている人は、心の中で自分との葛藤に悩まされているでしょう。まさに、諭吉翁が言われる「紅塵の市上営々たる苦しみ」です。そして、次のように述べています。
  「君たちがいくら努力をして生きたとしても、行く先々で思わぬいろいろな出来事が起きたり、予想もしないことに遭うこともあるだろう。しかし、激世のためにいくら計りごとをしても、そこには限界というものもあるはずである。
  だから、煩わしい俗世間を生きる上において、世評を気にしたり、あくせくと利益を求めるような苦労もあるだろうが、その苦労こそ人物を磨く事柄なのだ。その君たちの苦労する姿こそ、泥の中で立派に花を咲
かせる選の花のような、実は清らかなものなのである」
  この言葉こそ、「実学」を通して身を修めてこられた福沢諭吉翁の、われわれ社長職にある者に向けられた言葉ではないでしょうか。新しい年を迎えるにあたって、「泥中の花たらん」と期してお互いに闘っていこうではありませんか。

本記事は、月刊『理念と経営』2020年12月号「企業の成功法則 社長力・管理力・現場力 三位一体論」から抜粋したものです。

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