企業の成功法則 社長力・管理力・現場力 三位一体論

社長・幹部・現場が“分かれたる家”になってはいけない

リンカーンは「もし八時間、木を切る時間を与えられたら、そのうち六時間を私は斧を研ぐのに使うだろう」と述べています。彼は挫折を乗り越え、あきらめず行動で新年を伝えたのです。一体社長の斧とは何なのでしょうか?

貧しさに屈しなかったリンカーン

 第十六代アメリカ合衆国大統領、エイプラム・リンカーンはケンタッキー州の開拓民の長男として、質素な丸太小屋で生まれました。両親とも無学で生活は豊かではありませんでした。七歳で生活は困窮し、九歳のときに愛する生母を失い悲しみます。しかし、継母のサリー・ジョンストンが素晴らしい人であり、聡明な彼女から学問の必要性、読書の大切さを学びました。
 リンカーン自身も独学でいろいろな知識を身に付けます。田舎町に来る巡回教師に受けた授業の回数は、合計一年間ほどでしかなかったといいます。その後も自修自得の精神で苦難を克服していくのです。社長力の大きな要素は克己心かもしれません。さまざまな難題にぶつかっても、思索し書を紐解き「熟考」して実行に移していく力の強さです。
 ただ、リンカーンは何度も挫折を経験しています。結婚して四人の子を得ますが、そのうち三人を失っています。このときの悲しみから妻は精神疾患を患い、リンカーン自身も陰鬱状態になるなど、立ち上がれないような苦しみを味わいます。
 二度目は事業の失敗です。仲間と一緒に借金をして雑貨屋を営み始めますが、思うように商才を発揮することができず、途中で切り盛りを投げ出して経営をやめるのです。自分の持ち分の資産を手放してすぐに民兵隊に入り、軍人として出直します。

恵まれない時代に「斧」を研ぎ続けた

民兵隊では大尉となり、次に騎兵隊やスパイ部隊に入ったりします。次第に政治に対する関心が生まれ、1832年、イリノイ州の議会議員に立候補して落選。二年後、二回目の立候補、生活も楽ではありませんでした。それでも彼はこの時代に「斧」を研いでいたのです。独学で法律を勉強し、次第に視野を大きく広げていきます。
 社長力とは視野の広さです。志の高さです。考え方の深さです。リンカーンがまだ恵まれないときに斧を研いだように、私たちも未来の人々のために、時間がかかっても自らの斧を研がなければなりません。刃こぼれしたものでは単に無駄な苦労をするだけです。やがて法廷弁護士として認められ、弁護士に集中的に専念したことが、リンカーンの志をより強固に目覚めさせていきます。
 しかし、決して順風満帆ではなかったのです。その後は下院議員を務めますが、黒人奴隷制の禁止を明確にしたことで上院では敗れてしまいます。
 そして、1857年に合衆国最高裁が重大な判決を下します。主文は「アフリカの子どもたちが奴隷であるか否かにかかわらず、アメリカ合衆国の市民にはなれない」というものです。さらに「連邦の領土内で奴隷制を禁ずる権限がない」としたのです。この採決に反対する北部。合法的とみなす南部。ここに南北戦争の発端が生まれました。リンカーンは翌年、共和党の上院議員に指名された後、有名な演説をします。「分かれたる家」です。

本記事は、月刊『理念と経営』2020年5月号「企業の成功法則 社長力・管理力・現場力 三位一体論」から抜粋したものです。

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