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東京海上日動火災保険株式会社 樋口 公啓 氏

東京海上日動火災保険株式会社 樋口 公啓 氏

安売り競争をつづければ、必ずどこかにしわ寄せがいく

"幕末の中小企業"美中松山藩(岡山県)も他藩と同じように、大阪商人からの借金で財政難を凌いでいた。改革を始めて足掛け八年、積もりに積もった借入金残高10万両を全額返済し、逆に、10万両を蓄えるという驚くべき手腕を発揮して「藩」と「民」を守った賢臣は、今の日本に何を語りかけるのだろうか。

「参勤交代」するときに、駕籠かきたちに"貧乏板倉"と笑われるほどの貧乏藩

___歴史上の偉人、あるいは、経済思想家について調べている経営者はたくさんおりますが、樋口さんのように、取締役会長でありながら大学院に入って本格的に研究された方は非常に珍しいです。 樋口さんの研究対象は、今、一部で静かに注目されている山田方谷(1805~77年《文化2~明10年》)ですね。日中松山藩(岡山県)の藩政改革を成功させた陽明学者ですが、なぜ山田方谷に関心をもたれたのですか?

樋口__直接的には、山田方谷の弟子の一人だった事業家・矢吹久次郎の曾孫にあたる矢吹邦彦さんが書かれた『炎の陽明学-山田方谷伝』を私の社長就任が発表になったときに、元部下が送ってくれたのです。

東京海上日動火災保険株式会社

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最初に読んだときは、「なかなか立派な人物がいるものだ」と思った程度でしたが、社長になっていろいろな場で意見を求められるときに、どうも私には一つの筋が通っていないのではないか、と気づいたわけです。しかも、当時は"平成不況"といわれ、その対応策も検討していたのですが、なかなか腑に落ちるものが出てきません。
そこで、大学院で勉強しなおそうと決意しました。幸いに試験に合格して、小室先生のゼミに入れていただいたのですが、研究対象の人物を絞るときに、「研究を続けていくに従ってその人を好きになる、あるいは、好きになる予感がする人がいい」という先生のアドバイスに従って、それまでに気になっていた山田方谷を選んだわけです。

松山藩は、いわば中小企業なんです。

___何万石ですか?

表高は5万石ですが、実測すると2万石弱です。藩士も合わせて2,000人程度の小藩で、参勤交代するとき、駕籠かきに"貧乏板倉"と笑われるほどの貧乏藩です。

__表高5万石で実高2万石ということは、5万石相当の店構えがあり、それに応じた支出も必要だが、実際には2万石分の収入しかないということですね。

樋口__はい。足りない分は大阪商人からの借金で凌いでいますから、借り入れ金残高は約10万両に達していました。これは藩の年間財政規模約5万両の2倍にあたります。

__そのような財政破綻状態の藩を立て直した山田方谷ですが、方谷の手腕で、樋口さんが注目されたのはどのような点ですか。

樋口__ひとつは「産業振興」です。藩のある高梁地方、とくに高梁川上流の良質な鉄を原料とする鉄器、農機具、釘などを古くから特産品としていました。方谷はこれを目につけ、鐵山や銅山の開掘を藩の直轄事業とするとともに、鉄や銅を加工する工場を次々と建設していきました。
特に「備中鍬」という三本歯の鍬は、荒れ地の開拓には向いていて、岡山県西部地方の特産品でしたが、方谷の『産業振興』により松山藩の製品は全国的な人気商品になりました。売り方も、中間マージンを排除するために、藩で帆船を買って、生産物を直接、江戸や蝦夷地(北海道)に運んでいます。この外にも産業振興により鉄をはじめとして檀紙などが有名になりました。
それからユニークなのは、「悪貨駆逐」です。大量に発行した藩札の五匁札が不換紙幣となって信用が失墜していたため、方谷はそれを買い集めて山のように積み上げ、公衆の面前で、朝から晩まで焼却してみせました。
かわって発行した「永銭」札は百文、拾文、五文の三種類があり、それぞれ10枚、100枚、200枚で金一両と引き換えられる旨、裏面に印刷されていました。それで藩民の信用を博したわけです。方谷は通過についてもよく研究していて、その重要性を見抜いていたようです。

東京海上日動火災保険株式会社

「おいしさ」を求めるファンのためにも低価格競争には乗らない

___樋口さんが書かれた『山田方谷の思想と藩政改革』には、方谷は若い人に、いきなり陽明学をやるのは危ないので、はじめは朱子学で勉強したほうがいいと言った、とありますが、それはどういうことですか。

樋口__いきなり陽明学をやって、自分の心だけを良しとすると、人の意見を聞かずに独りよがりになる。そういう弊害を感じて、まずオーソドックスに天下国家なりを勉強し、その上でどうあるべきかを学んでいけば、おいおいわかってくる、ということです。

___なるほど。オーソドックスなものを知らないで、自分の信念に従って行動しなさいということだけ言っていると、場合によっては過激家になってしまう・・・。

樋口__事実、そういうことがあったと思います。陽明学者の末路といえば、大塩中斎がいますね。大阪奉行所の与力・大塩は1837年、大飢饉で苦しむ民衆のために幕府に反乱を起こしましたが、一日で鎮圧され自決しています。長岡藩の河井継之助、長州の吉田松蔭、薩摩の西郷隆盛も似たところがありますね。 陽明学は知行合一で、自分の「良知」が確率したら、「行」がそれに伴っていなければ、知っていることにならないと説きますから、場合によっては性急な行動に結びつきがちです。

___そうですか。

樋口__朱子学は理屈が選考する論理の学ですから、いわば法学的な人は朱子学、経済学的な人は陽明学が合っていると思います。

___今の時代に、利益以外に自分の信念をもつことはなかなか難しくなってきています。どうしたらいいと思いますか。

樋口__利益がなければどうしもないのだから、きれいごとを言わないで、利益を上げることだけを考えればいいではないか、と言う人は結構います。しかし、それではたしていいのか・・・。
歴史的にいえば、カルタゴがローマに攻められて滅亡します。ある本には、カルタゴが滅んだのは、カルタゴは兄弟になって、利益を上げるだけ上げて、芸術・美術などの文化を蔑視した。「人間の幸せ」を考える人たちは、このような不気味な国は存在してはならないと攻撃し、二度と復興しないようにすべてを焼き尽くし、焼け跡に塩をたくさん撒いた、とあります。
その本の著者は「今の日本と似ていませんか」と書いていますが、私も本当にそうだと思いました。

樋口 公啓 氏

東京海上日動火災保険株式会社

樋口 公啓 氏

1936年(昭11)鳥取県出身。60年(昭35)慶應義塾大学経済学部卒業。同年、東京海上火災保険株式会社(現・東京海上日動火災保険株式会社)入社。96年(平8)取締役社長、その後、会長を経て現職。2003年(平15)会長職に就きながら慶應義塾大学大学院経済学研究科に入学し、山田方谷を研究。著書に『山田方谷のしそうと藩政改革』(明徳出版社)がある。

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